インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

やめましょうよ。

朝日新聞デジタルに、興味深い記事が出ていました。菅政権の発足に伴って文部科学副大臣政務官が初登庁したという記事ですが、認証式などで時間が遅れ、なんと深夜11過ぎになったうえ、同省の職員が100人以上待機して出迎えた……というものです。

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早速ネット上では批判が噴出しているみたいですが、みんなおかしいと思っているのに誰も声を上げず、トップもそれを変える勇気がなく、結局思考停止のまま前例を踏襲してしまう。これに限らずハンコやファックスに代表されるこの国の「変わらなさ」はあちこちに見られます。思考停止や前例主義もここまで来ると空恐ろしくなります。

新型コロナウイルスの影響はあちこちに及んでいますが、個人的には「よかったこと」もあったと感じています。それは前例主義で続けられてきた無意味に近い会合の多くが簡略化ないしは廃止されたことです。私が勤めている学校の一つでは、毎月教職員が全員集まって会議を開いていました。部門横断で情報を共有したり、検討事項を話し合ったりする会議で、それに先立つ部門ごとの会議もたびたび開かれていました。ところがこれらの会議、今年の春からは一度も開かれていません。それでも業務は滞りなく進んでいます。いや、所々滞りはあるけれど、それらは担当者間のメールのやりとりでほとんど解決している。つまりああした会議のほとんどは、本来必要ではなかったのです。

また学校法人全体での会合もあって、巨大なホールに教職員が集まり、理事長が訓示を述べるという「儀式」もありましたが、これもオンラインでの動画配信に変わりました。「三密」を避けるためではありますが、これも非常に合理的な変化だったと思います。何も全教職員が同じ時間に一斉に仕事の手を休めて、時間と労力を使って(本部のあるキャンパスから離れた場所にある部署もあります)一同に会し、リアルタイムで訓示を聞く必要はありません。動画やメールならば、必要とあれば何度でも確認することができますから(する人はあまりいないかもしれませんが)、訓示や指示を徹底するという意味でもこちらのほうが合理的。

でも、こうした前例主義を、私も含め多くの教職員が「なんだかなあ」と思って来ながらも、ついに誰からも「やめましょうよ」とは言えなかった。結局、新型コロナウイルスという「外圧」によってあっけなくその非合理性があらわになり、強制シャットダウンに至ったわけです。なんだか、私たち日本人の一番ダメなところが如実に現れているような気がして、とっても情けない気持ちです。

最初に掲げた朝日新聞の記事についている写真を見ると、狭い廊下でかなり「密」な状態で出迎えています。花束を抱えて歩く先頭の文部科学副大臣氏はマスクもしていません(写真が不鮮明ですが、口だけを覆うフェイスガードをしている?)。記事によれば、このお出迎え後にも記者会見があり、「職員は未明まで対応した」とのことです。ほんとうに「やめましょうよ」、こんなこと。

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