インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「まだこんなことやっていたのか」と呆れる

少し前のことですが、今年三月の都議会で「なぜツーブロックはだめなのか」と池川友一都議が質したところ、都の藤田裕司教育長が「外見等が原因で事件や事故に遭うケースがあるため」と答弁して話題になっていました。くだんの都議ご自身がTwitterでもツイートして紹介されたので、ご存じの方も多いと思います。

池川氏もおっしゃるように、本当に「驚愕」の理由なんですけど、こういう意味のないルールや校則のたぐいは私が中高生だった何十年も前から存在していましたから、その意味では驚きというより「まだこんなことやっていたのか」という呆れの感情のほうが強く湧いてきました。

私が中高生の頃は、まだ体罰もおおっぴらに行われていた野蛮な時代でした。制服について細かな規定があったことはもちろん、課外活動などで制服を着ないときにすら(つまり私服にまで)色々と指図をしていました。現代では考えられない……と思いきや、ツーブロック程度でもこのような見解が教育長という立場の人間から堂々となされるのですから、本当に呆れてしまいます。

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https://www.irasutoya.com/2013/06/blog-post_6118.html

先日の東京新聞には、世田谷区のとある都立高校が生徒と保護者、教職員による三者協議会での討論を経て、ツーブロックの禁止を校則から削除することに成功したという記事が載っていました。しかしそれでも「教職員の一部に反対意見はあった」というのですから、これまた呆れます。こうした教職員は、どういう世界観や社会認識や教養のもとで、意味のない校則に固執し続けるんでしょうね。

www.tokyo-np.co.jp

私も教職員という立場を、気づけばかなり長い間勤めてきましたが、義務教育や高等学校とは違う職場なので「子供から青少年にかけての時期における教育とは質が違う」と反論されるかもしれません。でもより広く世界に目を向けてみれば、日本の青少年教育におけるこうした数々の制限が、単に多様性のある社会を知らない・多様性の大切さを知らないことに起因するのは明らかです。

自慢じゃないですけど、学生の全員が留学生であるうちの学校なんて、本当に多様性の見本のようなものですよ。年齢的には高校を卒業してすぐの学生も多いですが、国籍も民族も言語も宗教も生活習慣も肌の色も、そして髪の毛の質も様々。こうやっていちいち列挙するのもバカバカしいくらい当たり前のことです。髪型はもちろん、ファッションもピアスなどのアクセサリーも、さらにはタトゥーも……私はそういう学生のみなさんが授業の合間ごとに廊下を行き交う姿を眺めているだけで、その多様性、その豊穣さにうっとりします。

意味のない校則に固執し続けるのは、端的に言って無知だからです。多様なこの広い世界を知らないから。でも無知であれば、知ればいいのです。私が中高生だった何十年も前(スマホもパソコンもインターネットもなかった)とは違って、現在はこの世界を知ろうと思えばはるかにたやすく知ることができる。それでもなおも知ろうとしないのであれば、それは教育者として、いや、人間としてかなり「イタいなあ」と思います。