インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

職員室のモノを捨てる

題名にある通りの、そのものズバリの本です。小学校の教諭である丸山瞬氏が、職員室にあった何十年前のものとおぼしき「ベル」を片付ける話から始まるその内容は、学校現場に勤めたことがある方なら誰もが「そうそう!」と頷くことしきりです。そしてその一つ一つについて様々なアイデアを駆使しながら仕事の効率化と合理化を図っていく、その粘り強い姿勢に感動を覚えてしまいました。

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職員室のモノ、1t捨てたら残業へりました! ―「捨てる」から始まる仕事革命!

いや、私は今「学校現場に勤めたことがある方なら誰も」と書きましたが、これは言いすぎかもしれません。中にはきれいに片付いていて、モノの在り処がきちんと定まっており、教職員の動線も整理されている、風通しの良い現場もあるでしょう。私もこれまで常勤・非常勤を含めて様々な学校現場にお邪魔してきましたが、企業が経営している社会人のための学校は総じて比較的きれいな印象があります。ごちゃごちゃしていて汚い(失礼)なのは、公立の学校や歴史の古い語学学校などに多かったような。

ごちゃごちゃしている学校では、たいてい何十年前のモノですかというような書籍や書類やその他わけのわからないものが教員室にたくさん置かれています。常日頃は授業に追われて忙しすぎるので、ついついそのままにしてあるものがどんどん堆積している感じです。

たまに時間があるときなど、古参の教職員に「コレは一体何ですか?」と聞いてみると「ああ、それは大昔に使った〇〇(ここ数年、いや十数年は一度も使っていない)」とか「さあ? 私も知らないけど。というか私がここに来たときにはすでにあったような」とかいうブツだったりする。この本の著者である丸山氏が最初に片付けた「ベル」は、なんと終戦直後に使われていた、始業や就業を知らせる「振り鐘」だったのだそうです。いやはや……。

私が現在奉職している学校の教員室にも、多くのモノがあふれています。特に書籍や書類は「これは一体いつのですか」というものも多く、十数年も前の「最新時事」本とか、すでに制度が変わってしまっている資格に関する教則本なども含まれていました。私はちょうど「図書委員」なるものを拝命していたので、この春休みを機に本棚の一斉片付けをしてみました。そうしたら、本当に必要な書籍類は全体の約6分の1ほどにしかなりませんでした。その他はすべて、ここ数年から十数年の間、書棚に鎮座し続けてきたわけです。

こうしたことが起こるのは、ある意味「誰も責任を取ろうとしない」からだと思います。学校現場は様々な教職員が出入りする場所ですし、勝手に処分したら教職員の誰かから不満や異論が出るかもしれない。でも忙しい日常の中で全員に確認するのは大変。だからとりあえずそのままにしておこう……で、これが数年、十数年、ときに数十年にも及んでしまうのです。

私は今回、「私は図書委員ですから、私が責任を取ります」と宣言して、常勤・非常勤の講師が集まるミーティングの前を狙って本棚の一斉片付けに着手しました。方法は、かの「こんまり」方式です。一旦書棚からすべての書籍を広い場所に出して並べます(今回は大きなテーブルを使いました)。そうやって一覧できるようにしておいて、講師の皆さんに「少しでも必要だと感じた書籍は取り置いてください。それ以外はすべて処分します」と伝えました(こんまり氏は「そのモノに『ときめく』かどうか」を基準にされますが)。

私が書棚からすべての書籍を大テーブルに並べるときは、若干の抵抗がありました。表立って反対はしないけれども、顔の表情に現れているのです。これ、私はある理由からその表情がとても良くわかるのですが、それはあたかも自分の一部を引き裂かれでもするような、極めてエモーショナルな表情です。「モノを捨てる・処分する」ということに対して、生理的にある種の嫌悪なり恐怖なりを感じる人というのはいるんですね。

だから片付けを行うときには、段階を踏んで、きちんと周知徹底した上で、しかし期限は設けて、なおかつ「少しでも必要なら捨てなくていいんですよ」というケアをすることがとても大切です。この本の丸山氏も、そこはとても用意周到に実行されています。

私はさきほど、「ある理由」から片付けに抵抗がある方の表情がよく分かると書きました。

はい、それは、私がかつてある学校で大々的な片付けを行った際、上述のような周知徹底を怠ったがゆえに(自分ではしたつもりでしたが)巨大な批判を招いてしまったという過去があるからです。その時の周囲の反応があまりにも激烈だったために、私はその学校を辞めざるを得なくなりました。周囲と問題を起こして職場を去るのは慣れている私ですが(ひどい人間です)、あれほどの激烈な反応は心身を病みそうになるほどこたえました。

私はモノに対してあまり執着のない人間だと思いますが、世の中には逆に、モノに対して私などが想像もつかないほど愛着を示す方がいるのです。学校現場とて人間社会の縮図。しかもこう言っては大変失礼ですが、学校の教職員というのは結構エキセントリックな、と言って悪ければ個性的な方が多いんです。そうした方々との合意を注意深く図りながら、残業を30%減らし、さらに新しい取り組みまで生み出すことに成功した丸山氏の努力に私が心から敬意を表するのは……実は、上述のような黒歴史があったからなのでした。

もちろん学校現場は営利目的の企業のオフィスとは違います。何でもかんでも合理的・機能的にすればよいというものではなく、ある種のカオス的な状況や澱(おり)みたいなものも、教育や研究活動には必要なのかもしれません。けれど、そこにも限度というものはあります。何十年も使われてこなかった「振り鐘」のようなモノを「これは、これこれこういう理由ですでに必要ではない」と判断を下す・下せることもまた、教育や研究に携わる人間には必要なのではないでしょうか。

とまれ、この本は「なんだか職場がごちゃごちゃして、仕事がはかどらないなあ」と思ってらっしゃる教育現場の方々におすすめです。特に管理者的立場にある方に読んでいただきたいと思います。私のような現場のヒラ教師が大鉈を振るうより、よほど効率的に事が進むと思いますから。