インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

教員も傷ついている

Twitterのタイムラインにこんなハッシュタグが流れていました。

#大学に行かせてください
#対面授業を受けたいです
#大学生の日常も大事だ

こうしたハッシュタグつきのツイートを、読んでいて身につまされます。例えばこちらの学生さん。私の母校の学生さんですけど、手を動かしてものを作ることを学ぶ学校だというのに、入学から今日まですべてオンライン授業で対応しなければならないというのは、ちょっとかわいそうです。

こうしたツイートを読んで身につまされるのは、学生さんがかわいそうというのももちろんあるけれど、教員の側の無念さもその背後に感じられるからです。私も日々学校現場で、オンライン授業の準備や実施や課題のフォローなどに忙殺されていますが、新たな日常に対応すべく積極的にあれこれを試して新しい発見がある一方で、「本当はこんなことしたくない」、「この状態がいつまで続くのだろうか」というのが根っこにある正直な思いです。同僚の中には、学生さんに申し訳なくて、ちょっと心を病みそうになっている教員もいます。

教員の立場に立ってみれば、本来の授業ができない、学生に申し訳ないというのもさることながら、学生さんから届く様々な声に「いちいちごもっとも」と共感しながらも「自分ではどうしようもない」という無力感に苛まされます。それは例えば「学費を減免してほしい」とか「ネット環境の補助をしてほしい」とか「本来受けられるべき教育の質が確保されていない」という学生さんからの訴えです。

もちろん私たちは、そうした声を学校当局に伝えますし、強く要望もしますし、「こうしてはどうか」という提案をしたりもします。でも大きな学校組織になればなるほど、そうした声はなかなか届かない。あまりに届かないので私は上司の前で声を荒げてしまったこともあります。しかしその上司にしたって、そのまた上部が動かなければ、できることは限られているのです。そして学校当局も、結局は自治体や政府の指示に従って事を進めざるを得ない。

加えて私たち講師は、非常勤講師のみなさんの授業数を確保するためにもあれこれ「画策」をしています。コマ数が減らないようカリキュラムを再編成したり、Zoomのアカウントを手配したり、様々な報告や連絡を緊密に取り合ったり……。さらには、学生さんたちの生活や健康や進路などの相談にも日々対応しなければなりません。それら・これらも、けっこうな作業量になります。これは日本だけの現象かもしれませんが、教員が教えることだけに専念できない環境なんですね。

あまり雑駁な「犯人探し」をするつもりはありませんが、今次のコロナ禍におけるあれこれの困難は、結局「こういう国だから仕方ない」という帰結になり、あとは現場でなんとかしのいでくれ、ということになります。私たちの学生は全員が留学生なので、この点でも申し訳なさは倍増です。ようは「日本はこんな国なんです、ごめんね」としか言えないんですから。

いえ、別に日本が特別留学生に冷たいなどと言うつもりはありません。たぶんどこの国も初めての経験で、似たような状況なのだと思います。アメリカでも留学生が居場所を失いつつあるという報道が最近なされていましたね。

news.yahoo.co.jp

今朝の東京新聞には、親御さんの立場から大学への不満が綴られていました。

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全く同様の声を私たちも日々聞かされています。本当に、どうして大学や専門学校だけがこういう扱いなんでしょうね。昨日に続いて、何だかまたネガティブなエントリになってしまいした。コロナ禍がもたらした衝撃は、ひとり教育業界にとどまるものではありませんが、この影響は今後長く尾を引くのではないか、学生さんにとってもだけれど、教員にとっても……そんな気がしています。