インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

ふたたびオンライン授業に戻ってみて

再び感染者数が急激に増加してきた新型コロナウイルス感染症。感染者数だけではなく陽性率や重症化率なども加味して捉えるべきだとはわかっていても、じわじわと感染が広がっている、あるいは自分にも近づいてきているというこの雰囲気は、かなり重苦しいものがあります。実際、私の職場の学校でもすでに学生に感染者が出ており、いったん復活していた対面授業はすべてオンライン授業に戻されました。

以前やってみて、また今回も対応を余儀なくされて改めて感じますが、オンライン授業は同期・非同期に関わらず、対面授業の何倍も手間がかかります。非常に雑駁に申し上げれば、対面授業であれば準備してある教材と教案を持って身一つで教室に行けばなんとかなる。CALL教室や音響設備やプロジェクターなどの投影設備も教室にありますし、いろいろな指示ややり取りもその場でリアルな実感をもって行うことができます。なにかハプニングやトラブルや不都合が起こったときにも臨機応変に対応できる。

ところがオンライン授業では、それらをもう一度考え直さなければいけないという手間というか、手数がかなりかかるんですね。非同期の授業用に映像を撮影し編集して動画サイトにアップロードするとか、課題を作ってGoogle ClassroomのようなLMSから配信するなどの作業はずいぶん慣れてきましたが、オンライン(遠隔)であるがゆえにできないことも多い。例えばワークシートを配って書き込んでもらうとか、通訳原稿を配ってスラッシュリーディングしてもらうとか、あるいは通訳の際のノートテイキングを練習するとか、そういう「刷り物」系はオンラインで配布できません。

何を言っているんだ、課題に添付して送ればいいだろう、学生がそれをプリントアウトすればいいじゃないかとおっしゃるかもしれません。実は私もそう思っていました。でもそれは会社や学校に勤めている人間の発想でありまして、きょうびの学生さんは自宅や自室にプリンターなど持っていないことが多いのです。プリンターどころかパソコンを持っておらず、タブレットスマホだけでオンライン授業に参加している人もいます。Wi-Fi環境がないのでスマホの「パケ死」や「ギガ死」を心配して、Zoomミーティングの映像をミュートにしている(せざるを得ない)人も多い。

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https://www.irasutoya.com/2018/12/blog-post_888.html

私は当初、特に語学系のレッスンはオンライン授業と親和性が高いと感じて、なんなら全部オンラインでも大丈夫かもしれない、感染のリスクも減らせるし、と考えていました。ところが実際にやってみると、かなり不都合が多いことに気づきました。音声や映像の不鮮明さはまあなんとか乗り越えるとしても、例えばCALLなどで一斉に通訳の訳出を録音して、それをみんなでシェアして検討するというようなことは、Zoomなどの環境ではやりにくいです。

一斉録音する時は、学生さんにそれぞれ別にスマホを用意してもらい、ボイスメモのアプリを使って録音したものをメールやLMSから送ってもらうという手段くらいしかいまのところありません。これもスマホしか持っていない学生さんには不可能です。また一斉録音ですから学生さんは全員音声をミュートにしているわけですが、そうするとこちらは全員が訳し終わったかどうかを確認するすべがありません。それぞれの上半身が写った小さな小さな画面を凝視して、口の動きが止まったら訳出し終わったと判断して、次の音声を流す……みたいなことをしています。これとて、パケ死を気にして映像をミュートにしている学生さんについてはお手上げです。

ZoomのPro版には「通訳」という機能があって、これを使うと(最大八人までですが)学生さんの声はお互いに聞こえないけれども教師だけはそれぞれの声を聞いて回ることができる、つまりCALLとほぼ同じような使い方をすることもできます。でもこの機能を実際に使ってみたところ、やはり音声面や教材の配信でけっこうなトラブルが起き(まあそうです。本来の使い方ではないのですから)、結局この方法はやめてしまいました。

とにかく、全く不可能ではないけれども何か小さなトラブルや不都合が度々発生し、それがけっこうな数で積もり積もって結果的に授業や訓練の密度がだだ下がり……というような印象です。これ、自分が趣味で通っているフィンランド語の教室に、一度オンラインで参加させてもらったときにも感じました。自分が学生側になってみても、やはりオンライン授業は密度が低いなあと。

それでも、今後この感染症が完全に収束して、元の学校現場の風景に戻るのはかなり先のことになるでしょう。ひょっとしたら完全にもとに戻るのは不可能かもしれません。今のこの状況がある程度恒常的に続くと考えて、まったく新しい発想で教材や教案を考えていかなければならないのかもしれません。

さらに私の職場のような、外国人留学生を多数抱える現場は、今後にこそもっと大きな波がやって来ることを覚悟しなければならないのでしょう。なぜって、留学生自体が激減することも予想されるからです。今年や来年あたりまではまだ在校生がいますが、その方たちが卒業していったら学校はもぬけの殻になります。よしんばワクチンや特効薬が普及しても、留学するという選択肢そのものがリスキーだと考える層はかなり増えるでしょう。その一方で、距離や国境の存在を越えられるオンライン教育の需要は高まっていくことでしょう。

やはりここは、もうちょっと本腰を入れてオンラインによる教育のありようを考えていくべきなのだと思います。それも、これまでとはまったく違った発想で。