インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「リアルタイム・双方向・長時間」オンライン授業の課題

オンライン授業の取り組み、5月は非同期型の「課題を送信→回収→レビュー」という形がメインだったのですが、6月に入って同期型の「リアルタイム・双方向」での授業が始まりました。学校によっては6月中旬から対面授業に戻すところも多いのですが、逆に長期的な感染状況を見据えて、このままオンライン授業を続けるというところもあります。私は「掛け持ち」なのでリアルタイム・双方向、かつ2時間から3時間という長いコマでの授業も何度か行ってきました。

f:id:QianChong:20200607095213p:plain
https://www.irasutoya.com/2017/10/e_21.html

こうした「リアルタイム・双方向・長時間」のオンライン授業を行ってみて気づいた点を記してみたいと思います。

授業開始時にまごつく

学生さんにはあらかじめメールなどで、Zoomなどのウェブ会議システムでの授業開始時間をお知らせしておくのですが、開始時間に全員が問題なく揃うというのは難しいです。もちろん学生さんも、そして我々教員も慣れていないことが大きいのですが、ウェブ会議にアクセスはできても音声が出ない、映像が出ない、時間を間違えた……などなど、小さなトラブルがけっこう発生します。

通信環境が理想的ではない

音声や映像がきちんとつながっても、授業中に途切れたり、品質(音声や映像の)が落ちたりすることがあります。特に学生さんの数が多くなり、なかには海外からアクセスしている人や、VPNで「壁越え」しながら参加している人もいたりすると、その傾向が強まります。パソコンを持っておらずスマホで参加している人もいますし、自宅のWi-Fi環境が貧弱だったり、スマホの「パケ死」を心配したりしている人もいる。5Gどころか4Gすら十全に機能していないんだなあというのがよくわかります。

教員が孤独

通信環境を安定させるため、授業中は基本的に音声をミュートにして、指名されて発言するときや質問があるときだけ自分でミュートを切って話すというのが基本です。そんな環境で授業をしていると、なんだかとっても孤独感を覚えます。通常の対面授業でも時に感じることですが、まるで山奥の静かな湖水のほとりに立って、ひとり黙々と小石を投げ込んでいるような気持ちになるのです。

学生さんには「できるだけ反応してくださいね」ということで、例えば「わかりました?」「大丈夫ですか?」と聞いたときなど、Zoomの「反応」ボタンを利用して「👍(サムズアップ・いいね!)」や「👏(拍手)」を出してくださいとお願いしているのですが、最初はこまめに反応してくれる学生さんも、だんだん面倒くさくなってくるのか反応がなくなっていきます。そんな中、話し続けたり、指示を出し続けるのはけっこう疲れます。

学生も疲れる

教員も疲れますけど、学生さんも疲れるみたいです。特に2時間、3時間連続の授業となると、画面の向こうであくびをしている人が多くなります。もちろん何度も休憩を入れるんですけど、やはり人間、パソコンの画面に何時間も向かい続け、なおかつ音声に耳を澄ませ続け、画面のいろいろな機能を操作し続けるというのは疲れるんですね。こちらも、授業が終わったあとはぐったりします。明らかに通常の対面授業のときとは異なる種類の疲労を感じます。

画面共有でより「疎遠」に

Zoomなどで、教材の資料やパワポなどを共有すると、画面の大半が資料になって自分を含めた参加者の映像は脇に押しやられた形になります。これがさらに「孤独感」を増す結果に。なにせ画面共有前の分割された画面とは違って、自分を含む数名の顔しか見えなくなるんですから。もちろん上下の矢印をクリックして、隠れている顔を表示することもできますが、一方で共有画面のパワポを操作しつつですから面倒なことこの上ありません。結局、学生さんの表情を見ることは諦めて、ただひたすらパワポを操作しつつ話すことに。孤独です。

板書がけっこう難しい

例えば長文逐次通訳の訓練で、ノートテイキングをしながら音声なり映像なりを視聴し、訳出するという場面があります。通訳学校の授業ではこれがメインですから授業時間のかなりを占めています。通常の対面授業では、ホワイトボードに私がノートテイキングをしつつ学生さんにも聴いてもらい、指名して訳出してもらう……ということをやるのですが、オンライン授業ではこれがなかなか難しいです。

背景にあるホワイトボードがどこまで映像に写っているのか、学生さんに見えているのかを常に意識しなければなりませんし、光の反射や文字の大きさなんかも意識しなければなりません。特にスマホで参加している人は、見ている画面もかなり小さいですから、それも考慮した板書が求められます。これが、か・な・り大変で。

またパワポのスライドショーを再生しながら板書はできません。画面共有でパワポ画面がほとんどを占めてしまうため、脇の小さな私の画面に写ったホワイトボードの板書を判読することはほぼ不可能だからです。これは教室のパソコンがデュアルモニター(CALLなどによくある2画面)である場合は、パワポに埋め込んだ音声をスライドショーで再生しながら、画面全体はノートテイキングしているホワイトボードを移すということが可能だとわかって一応一件落着していますが、ま、何にしても手順がいささか面倒です。

つい大声になる

これは私だけかもしれませんが、オンライン授業でヘッドセットを使っているのにも関わらず、つい大声になってしまうことがあり、その抑制に苦労します。ヘッドセットのマイクが口元まで伸びているわけですから、そんなに大声になる必要はなく、むしろ「ささやく」くらいが丁度いいらしい。同時通訳のブースと同じですね。

でも私は授業に興が乗ってくると、つまり興奮してくるとついつい大声になってしまうのです。きっと学生さんたちはパソコンやスマホのボリュームをこっそり小さく調整しているでしょうね。申し訳ないです。そういえば同時通訳をしていたときも、ついつい大きな声になって「いかんいかん」と自分を何度もたしなめたものでした。

やはり発想の転換が必要

以上、縷々「困難」を記してきましたが、ここからわかるのはやはり、通常の対面授業をそのまま「リアルタイム・双方向・長時間」のオンライン授業に持ち込もうとしても、少々無理があるということですね。いえ、これはもう数多の先達が指摘していることなのですが。これはやはり「反転授業」などの事前学習なども取り入れながら、もっと大胆にカリキュラムを組み替える必要があると思います。でないと早晩、教員も学生も疲れ切ってしまうでしょう。

とりあえず通訳学校のひとつでは今期(秋まで)の授業がすべてオンラインと決定していますから、実践を通じて徐々に改善していきたいと思っています。おつきあいいただく学生さんには少々申し訳ないのですが。