インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

インドネシアをめぐる二つの作品

『桃太郎 海の神兵』というアニメーション映画があります。日本の敗戦が色濃くなっていた1944年に製作され、翌年の春(つまり終戦・敗戦の年)に公開されたこの作品、戦時中によくまあここまでというくらい見ごたえのある作品になっており、逆にそれが国策映画として莫大な資金を注ぎ込んだ末のものであること、その背後で一般民衆が苦しんでいたことをを考えると、見るたびに複雑な気持ちになる作品です。

私は職場で、外国人留学生向けに「東アジア近現代史」という授業を担当しており、毎年その授業でこの作品を紹介しています。紹介する前にその都度この作品を見返すのですが、今年はより深い感慨を持って見ました。それは今年のこの授業に初めて、インドネシアの留学生が六人ほど参加しているからです。そう、この『桃太郎 海の神兵』がその後半のクライマックスで描いているのは、インドネシアのセレベス島・メナドへの奇襲作戦に材を取った落下傘部隊の「活躍」なのです。

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桃太郎 海の新兵 デジタル修正版

当時の日本政府が国策のベースとしていた「八紘一宇」と「アジア解放」を主題に据えている(Wikipedia)というこの作品。勝手に人さまの国の土地に入り込んで測量を行い、木を切り倒し、基地と飛行場を建設し、現地の人々に日本語を教える……という侵略の過程が、動物をモチーフにした愛らしいキャラクターでもって、ミュージカル仕立てで描かれていきます。

今回インドネシアという視点から見てみると、落下傘部隊の奇襲作戦直前に挿入されている影絵風の昔話(オランダなど西洋諸国によるインドネシア侵略を描いているようです)が、インドネシアの伝統的な影絵芝居ワヤン・クリ風であったり、攻略後の交渉で登場するオランダ人(当時インドネシアは「蘭印」、つまりオランダ領東インドでした)と思しき西洋人が「ふにゃふにゃ」の描かれ方をしていたりなど、注目ポイントがたくさんあります。著作権の関係もあって授業でこの作品を全部上映することはできませんが、これはぜひインドネシア留学生の感想も聞いてみたいところです。

ところで、インドネシアといえば最近、倉沢愛子氏の『インドネシア大虐殺』を読みました。1960年代に、スカルノ大統領を巡って起こされた二つのクーデターと、その間に行われたPKIインドネシア共産党)党員を対象とする大虐殺についての研究がまとめられたものです。一節には200万人以上が殺害されたと言われるこの大虐殺について、私はこれまでほとんど知りませんでした。時代的には中国の文化大革命や、ベトナム戦争と相前後する歴史的な大事件だというのに。

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インドネシア大虐殺-二つのクーデターと史上最大級の惨劇 (中公新書 2596)

そしてまたあのデヴィ・スカルノ氏(いまやタレントとして有名なあのデヴィ夫人です)を始め、多くの日本人がこの間の歴史に関わっていたことも、この本でつぶさに知ることができました。デヴィ氏はスカルノ大統領の第三夫人で、クーデターとその後の混乱のさなかに、スカルノ大統領を支えるために東奔西走されたよし。スハルト氏が実権を握った後は、デヴィ氏の故郷である日本への亡命という計画まであったことがこの本にも記されています。

そして、途方もない虐殺を迫害の末に人生を狂わせてしまった人々のその後についても、粛然とさせられるような気持ちで読みました。終章にある「虐殺が最も激しかった観光地バリでは、道路の脇や風光明媚な海岸の一角に、実はいまだに大量の死体が埋まっている」という一節がとても重く響きます。そういえば数年前(かな?)に『アクト・オブ・キリング』という映画がありましたよね。確かこの件を扱った映画だったはず。これも、ぜひ見てみようと思います。

そして、授業でここまで深く掘り下げられるかどうかはわかりませんし、たぶんとてもセンシティブなテーマだとは思うのですが、機会があって、みなさんが乗り気なようであれば、この件についてもインドネシア留学生に聞いてみたいと思っています。この件について現代の学生さんたちは知らされているのか、教わったことがあるのか、ご家族から何か聞いたことはないか……などについて。