インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

オンライン脳

職場の学校は現在夏休み中です。私は職場にいて教材の準備や教学に関わる勉強などをしていますが、学生のみなさんはそのほとんどが帰省しています。コロナ禍で丸々二年以上母国へ帰国できなかった留学生のみなさんなので、今ごろはたぶん思う存分羽を伸ばしているでしょうね。夏休み中にメールをくれた一部の留学生によると、おいしいものを食べすぎて太ってしまったよし。そりゃまあそうでしょうねえ。

それはさておき、日本はまだ第七波の真っ最中。秋の授業再開までにはおおむね収束していることを期待していましたが、いまの様子だとそれはもう少し先に伸びそうです。う〜ん、となると、またあの憂鬱なオンライン授業を一定程度は続けなければならないのかしら。

そう、私はもう、オンライン授業を行うのが憂鬱でしかたがありません。コロナ禍に突入してからというもの、最初はおっとり刀で取るものも取りあえずオンライン授業をはじめ、さまざまな業界の方々の実践も参考にさせていただきながら、精一杯対応を続けてきました。……が、続ける中でわき起こる違和感はついに消えない、どころか膨らみ続けて今日に至っています。

最初のうちは、たんに新しい環境に慣れていないだけだ、こうした新しい試みに違和感を抱くことじたい自分が守りの姿勢に入って惰性に流れている証左だ、ここでチャレンジしなかったらそれこそ自分が嫌う「老害」まで一直線だ……などと自分を鼓舞してきました。周囲の同僚もそれぞれに試行錯誤を重ねていて、そんな姿に励まされたという側面もあります。

それでも自分的にはよほどストレスがあったのか、振り返ってみればこのブログでもずいぶんと「泣き」を入れてきました。カテゴリーの「オンライン授業」には、いま数えたら50本以上のエントリを上げていました。中には授業のtipsみたいなものもありますが、ほとんどは(特に最近は)オンライン授業に否定的なことばかり書いています。

qianchong.hatenablog.com

そうやって、ことオンライン授業に対しては大いにバイアスがかかった状態でこの本を読んだせいか、内容があまりにも「我が意を得たり」過ぎて、一瞬のうちに読み終えてしまいました*1川島隆太氏の『オンライン脳』です。


オンライン脳

川島氏は「オンライン脳」をこう定義します。

スマホタブレット・パソコンなどのデジタル機器を、オンラインで長時間使いすぎることによって、脳にダメージが蓄積され、脳本来のパフォーマンスが発揮できなくなった状態。(8ページ)

そして、東北大学が行った緊急実験の結果を引きながら、オンラインではお互いの脳が同期せず、同期しなければ共感も生まれず、よってコミュニケーションも成立しないことを説明していくのです。なるほど、それは(講義形式の一方通行的な授業ならまだしも)私が目指しているような、討議し、試行錯誤しながら進めていく実習系の授業には向かないわけです。

この本にはほかにも、幼少時からスマートフォンなどを使い続けることや、子どもの頃にゲーム漬けになることの弊害なども挙げられていて、お子さんをお持ちの親御さんたちにはおそらく心穏やかならぬ記述がたくさんあります。

個人的にオンライン授業以外で興味を引かれたのは「スマホで調べるのと紙の辞書で調べるのとでは『記憶の再生力』が違う」というお話でした。言葉の意味をWikipediaと紙の辞書、ふたつの方法で調べたときの前頭葉の働きを調べ、その後被験者に記憶を再生してもらったところ、再生できる度合いがまったく違ったのだとか。

脳が、紙の質感の感覚(触覚で感じた手触り)、指でページをめくる動作の感覚、長年使い馴染んだ古い紙のにおいなど、さまざまな感覚を動員して理解を深めているのではないか(141ページ)

かねてから私は電子書籍で読んだ本が記憶に残りにくいことを実感していたのですが、たぶんそこにもある程度の根拠があったのですね。

qianchong.hatenablog.com

オンライン授業も電子書籍も新しい技術であり、メリットの一方で当然デメリットもある。一律に否定しないで使ってみることは大切ですが、ここいらでいったん立ち止まって、何がメリットでありデメリットであるのかをひとりひとりがよく考えた上で先に進むべきだと思いました。

*1:もともと薄くて、そのうえ活字も大きいので、文字数がかなり少ない本ではあります。それにタイトルのつけ方からしても、アンデシュ・ハンセン氏の『スマホ脳』に寄せていますよね。カバーに書かれているイーロン・マスクうんぬんの惹句も、ちょっと煽りすぎな感じがします。