インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

戦争と日本アニメ

留学生のクラスで「東アジア近現代史」の授業を担当していて、ここ数週は大東亜共栄圏について話したり、みなさんが調べたことを発表してもらったりしています。毎年授業の一環として、1943年から制作が開始され1945年に公開された長編アニメーション映画『桃太郎 海の神兵』の一部を見てもらっているのですが、最近ふと立ち寄った書店で偶然この映画をテーマとした論文集を見つけました。


戦争と日本アニメ『桃太郎 海の神兵』とは何だったのか

さっそく買って読みましたが、ひとつひとつの論文が非常に興味深いです。やはりこうした専門の研究者による論考は勉強になります。特にアニメーションのビジュアル面からそこに意図されているものや、影響を与えたと思われる先行作品などの指摘が、まるで謎解きのようにおもしろいのです。

ひとつひとつ挙げていくとキリがないくらいですが、例えば『海の神兵』に繰り返し登場する落下傘とそこにオーバーラップされているタンポポの綿毛のイメージは、1940年に公開されたディズニーのアニメーション映画『ファンタジア』*1からの影響なのだそうです。当時すでに日米の開戦後でアメリカのアニメーションが入ってこなくなっていた中、『ファンタジア』だけは海軍がアメリカの輸送船から接収したものを見ることができたのだとか*2


▲海の神兵


▲ファンタジア

もちろんこのシーンは『海の神兵』の下敷きとなっている1942年のメナド(インドネシア)空挺作戦や、同じく落下傘部隊によるパレンバン(同)空挺作戦に取材した戦争画からの影響も見て取れます。


▲海軍落下傘部隊メナド奇襲(宮本三郎
https://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=11457


▲神兵パレンバンに降下す(鶴田吾郎)
https://search.artmuseums.go.jp/records.php?sakuhin=11410

ほかにも、インドネシアの影絵芝居「ワヤン・クリ」ふうの挿話部分や航空機内の透過光を使った演出などはエイゼンシュテインの『ストライキ』の影響が見られるとか、桃太郎の着任シーンや飛行シーンはリーフェンシュタールの『意志の勝利』の冒頭に酷似しているとか、桃太郎の鬼退治という文脈では『鬼滅の刃』とも通底しており、かつ大正時代が舞台設定の『鬼滅の刃』は「昭和前期の戦争をまるごと抜いてしまうことで」最終巻における「ユートピア」的現代を成立させているとか……興味は尽きません。

上述した授業では近現代史における「プロパガンダ」を大きなテーマの一つにしているのですが、その点でもいろいろと学ぶところの多い一冊でした。街の書店で偶然こういう本を見つけるというのもうれしいです。

*1:有名なディズニーの『魔法使いの弟子』を含む、音楽とアニメーションを融合させた作品です。 https://youtu.be/9xp1m5AQMx4

*2:しかしこうやって並べてみてみると、やはり当時のアメリカのアニメーションはかなり高い技術を持っています。『海の神兵』も当時としてはかなりの技術が投入されていますが、彼我の物量の差は歴然としていますね。