インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

漢字にルビ振りゃいいってもんじゃないです

学校の健康管理センターから「留学生に周知されたし」とのことでメールが届きました。新型コロナウイルス感染症の流行に対する学校の対応方針を伝えるためのものです。必要に応じて配布や掲示をするための説明文が添付されていたのですが、これが非常に興味深いと思いました。以下はその一部です。

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日本語の習熟度がまだそれほど高くない留学生を慮ってか、すべての漢字に「カッコ書きで」ルビが振られています。漢字にカッコ書きのルビをふるのは、Windows版のWordで文章を書いて、全選択ののちツールボックスから「ルビ」を選んで総ルビにしたのち、その文章をコピー&ペースト(ペースト時に「テキストのみ保持」)すると作成できます。試しにやってみたら、同じようなカッコ書きルビつき文が生成されました。

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武漢市」が「ぶ」と「かんし」に別れちゃってるなどのツッコミどころはこのさい脇に置きまして、この文章が興味深いのは、普段から申し上げている日本人(日本語母語話者)の「ナイーブな多言語観」が如実に現れていると思うからです。

日本語の習熟度が高くない方のためにといくらルビを振ってあげても、日本語そのものの読解力がなければ情報は伝わりません。例えば「多数報告されている状況を鑑み」とか「不要不急の渡航はやめてください」などの日本語を「たすうほうこくされているじょうきょうをかんがみ」とか「ふようふきゅうのとこうはやめてください」とひらがなに開いたとしても、それで文章の意図が相手に了解されるでしょうか。

かつて、阪神・淡路大震災などでは被災した在日外国人への情報伝達が上手く機能しませんでした。そこで、その反省から考案されてきた「やさしい日本語」というものがあります。Wikipedia「やさしい日本語」の項には「簡易な表現を用いる、文の構造を簡単にする、漢字にふりがなを振るなどして、日本語に不慣れな外国人にもわかりやすくした日本語である」との説明があります。本来であればそうした「簡易な表現・簡単な文の構造」を目指すべきところ、上記のメール作成者は「漢字にふりがなを振る」だけで済ませちゃったわけですね。

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https://www.irasutoya.com/2017/07/blog-post_380.html

もちろん何もしないよりはマシです。留学生になんとか情報を伝えたいという気持ちを疑うものでもありません。でもこう言っては大変失礼ながら「外国人向けには漢字にルビ振っときゃいいでしょ」的な思考方法には、多言語やマルチリンガル、異文化コミュニケーションなどにナイーブ(うぶ)な日本人ならではの特徴が現れていると思います。日本社会はほぼ単一の言語で社会が回るモノリンガル社会であるがゆえに、私たち日本人は、外語を学ぶとはどういうことか、言語の壁を超えるとはどういうことかについての想像力があまり働いていないのではないかと思うのです。

この国では、ウェブサイトをグーグル翻訳に丸投げして珍妙な英語や中国語やその他の言語が並んでいるなどという事例は枚挙に暇がありません。昨年はかの「堺マッスル」なんてのもありましたし、昨日は厚生労働省のウェブサイトでも、こんな珍事(笑い事ではありませんが)が。官から民まで、ここまで多言語のありように無頓着でいられるというのは、これはもうこの国の宿痾とさえ言えるかもしれません。

mainichi.jp

幼少時から英語を始めとする外語教育に力を入れるのもいいでしょう。でもその前に、いやせめてそれと並行して、言語とは何なのか、言語や文化の壁を超えるとはどういうことなのか、通訳や翻訳とはどんな作業をしているのか、多言語に分かれているこの世界とはいったいどういうものなのか……そうしたことを学ぶ「言語リテラシー」的な教養科目がぜひとも必要だと思います。それは幼少時からの外語教育がその前提としている「グローバル化した世界」と対峙する際の、基本中の基本だと私には思えます。

qianchong.hatenablog.com