よしながふみ氏の『きのう何食べた?』第13巻に登場していた「江戸前風ばらちらし」。
「お誕生会の定番・ちらしずしをアレンジ」した大人向けのレシピで、煮あなご、マグロの漬け、えびのうま煮、アボカド、「ガッテンの卵焼き*1」、いくらの醤油煮が載っています。
料理マンガながら、ストーリーもなかなか現代的で奥深いと夙に評判の『きのう何食べた?』、ここ十年あまりリアルタイムで読み続け、なおかつもちろん料理本としても日々活用させてもらっています。このマンガのレシピは本当に気をてらわない美味しい家庭料理ばかりで、その信頼度は私の中では小林カツ代氏の料理本と双璧をなします。あまりに好きなマンガなので、知人にプレゼントしたことも何度かあります。
このマンガの希有なところを上げれば、ゲイなんだけどカミングアウトはしていない弁護士・筧史朗という主人公の設定や、個性豊かで人間味溢れる周囲の登場人物たち、ごくごく庶民的な材料を使うことがほとんどであるというレシピの実用性など数多あるのですが、それに加えて、現実世界とほぼ同じ時の流れが保たれているというのも、なかなか珍しい点ではないかと思います。
第1巻で、弁護士事務所のスタッフをして「芸能人でもない43歳の男であの若さと美貌ははっきり言って気持ちが悪い!!」と言わしむる筧史朗は、それから約十年経った現在の第13巻では52歳。つまり、連載の進行とほぼ同じ速度で登場人物たちも歳をとっているのです。『サザエさん』や『ちびまる子ちゃん』などの登場人物が何十年経っても同じ年齢であるのとは好対照です(……と引き合いに出しても始まりませんが)。
そして私事ながら、自分も筧史朗とほとんど同じ年齢であり、仕事をしながら家庭では炊事や買い出しなどの家事を担当しているので、何というか、とても共感するところが多いのです。加えて年老いた両親との関係や、身体の状況の変化、忙しい仕事や世間との関わりの中にも自分なりの「小確幸」を大切する生き方……自分の暮らしに重ね合わせるように読めるマンガが同時代にあるというのは、僥倖だと思っています。
作者のよしながふみ氏は、そのグルメエッセイマンガ『愛がなくても喰ってゆけます。』で、どんなに仕事が忙しくても食事は冷蔵庫に残った材料を組み合わせてひと工夫することに余念がないというこだわり——金にものを言わせるグルメではなく、本質的に美味しい物が好きという食への愛情——を垣間見せています。私は、筧史朗を通して表現されている、よしながふみ氏の「食の哲学」に共感しているのだと思います。
とはいえ、スーパーのチラシを熟読玩味し、少しでも底値の時を狙って「狩り(買い物)」をする筧史朗的な倹約ぶりまでは私には身についていません。生来のどんぶり勘定人間でありまして、この点私は、筧史朗のパートナーで、食べたいときにはコンビニで定価のハーゲンダッツを買って来ちゃうような矢吹賢二に近いと思います。