インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「この中国語はおかしい」について

通訳訓練では毎学期必ずと言っていいほどあることなのですが、今期も華人留学生から教材の中国語について「この中国語はおかしい。普段の生活でこんなことは言わない」との発言がありました。う〜ん、まあ語学教材はそもそもが架空の設定ですし、とはいえ文法的にはきちんとした文章ですし、今やっているのは中国語から日本語への通訳訓練ですので、そこはひとつ清濁併せ呑んでいただいて、ぜひ「どうすれば日本語に訳せるだろうか」という方向に知的好奇心を発揮してほしいところです。

というか、心の中では「変な発言だな」とか「不自然だな」と思うことなんて、通訳の現場に出てみれば数え切れないほどありますよね。それでも、それをおくびにも出さずに訳出にいそしむのが通訳者の矜恃みたいなものだと思うんですけど、こういう“專業精神(プロ意識・職業意識)”は教えられるものではないのかもしれません。以前にも書いたことがありますが「何とか訳して差し上げよう」というホスピタリティの問題です。これはもう、人によって向き不向きがあることかもしれません。

qianchong.hatenablog.com
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以前も、通訳訓練で“太平門”という中国語が出てきたことがあります。日本語の「非常口」にあたる言葉ですが、学生のひとりが「そんな中国語はありません」と発言して、ひとしきり議論になりました。確かに“緊急出口”や“安全出口”などの方が一般的ではありますが、試みにGoogleの画像検索で“太平門”にあたってみると……建物や交通機関などで実際にこの言葉が使われていることがわかります。

中国語はいまや英語と並んで多くの国や地域で使われている巨大な言語です。一番代表的な“普通話(北京方言をベースにした標準語)”でさえ、北京など中国の北の地方と、上海など南の地方、さらには台湾や、華人と呼ばれる中国系の人々が暮らす様々な場所で、発音や語彙などに多くのバリエーションが存在しています。

くだんの学生が生まれ育った地域では“太平門”に馴染みが薄かったのでしょう。それは仕方がないことですが、だからといって通訳者たるもの、原発言者の発した語彙を自分が知らないというだけで「そんな言葉はない」「それは中国語ではない」と言い切ってしまうのは、拙速であり、傲慢であり、ホスピタリティに欠ける行為です。通訳者は、自分の想像以上に幅広く、奥深く、多様性に富んだ言語の大海原を前に、常に謙虚でなければなりません。

まして言語は生き物です。特に中国のような社会に急速かつ激烈な変化の起こっている場所にあっては、いま自分が知っている語彙さえも淘汰されて新しい表現になっている可能性だってあるのです。かつて自分が習い覚えた中国語の様々な語彙や表現が(そして日本語についても)、はたして現代でも有用であるのかどうか、常にアンテナを張って検証しておく必要がある……これは自戒として常に意識しておきたいところです。

さらに言えば、中国語の母語話者であっても中国語が充分に聴き取れるとは限らないわけで、「この中国語はおかしい」というのは、実はきちんと聴けていないからという可能性もあります。「原文に対して『悪文だ!』という人ほど原文をきちんと読めていないものです」……というのはもう亡くなってしまったとある恩師の言葉。これもまた自戒としておきたいと思います。

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※こちらの写真は「日本ピクトさん学会」のウェブサイトから。
http://www.pictosan.com/higeakira.html