インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

日本語を教えるのなんて簡単?

留学生の通訳クラスで、外部から講師をお招きして講演会を行っていただき、その通訳をするという実習を企画しました。今回の講師は台湾人の言語学研究者で、日本人が中国語を学ぶ際に見られる問題点や課題などがテーマとなっています。それで事前に提供されたPowerPoint資料の予習を授業で行っているのですが、その中に出てきた中国語の声調、とりわけ「三声」と「半三声」の違いについて説明した部分が、華人留学生のみなさんは「どゆこと?」と理解できないご様子。ということで私が説明しました。

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第三声は沈み込んだあとに声が「ふっ」と抜けるような部分があるけれども、それをやり過ぎると最初は第二声との区別がつかなくなりがちなので、中国語の非母語話者である私たちはまず、とにかく低く抑えたままにして練習します。また、文頭や文中にある第三声はいちいち「ふっ」と抜けてられないので実質的にはやはり低く抑えたままになる。これを便宜的に「半三声」と呼んでいるんですね。

これらは中国語学習者にとっては、基本中の基本です。でも母語話者である華人留学生のみなさんはこれまで意識したことすらない(それでもできてる)知識なんですね。そりゃそうだ。母語ってそういうものです。

外語学習においては「ネイティブ(スピーカー)信仰」ってのがありまして、とにかくその言語の母語話者に習うのがベストと考える方は多いのですが、それはその方が自らの母語を非母語話者に教える技術なり知識なりを持っている場合に限ります。少なくとも初中級段階においてはそうです。

だから例えば中華人民共和国など、北京語言大学のように、対外的な中国語教育を研究して教員を養成するための専門大学まで設置し、あまたの専門家が「よってたかって」いかに非母語話者に中国語を教えるかを日夜研究しているのです。こういう自らの母語を普及させるための中国の徹底した姿勢、賛否はあるでしょうけど、私はある種の「すごみ」を感じます。

日本語だって事の次第は同じです。私も通訳翻訳教育で留学生に教えていますが、日本語教育を行っているとはとても言えませんし、その知識も技術も乏しいものです。日本語教育という側面で私ができるのはせいぜい日本語の母語話者としてその日本語が通じるかどうか、不自然ではないかどうかの判断くらい、もしくは他にどんな表現・より良い表現がありうるかの提案くらいで、きちんとした文法や語彙やその他の説明は別途日本語教育専門の講師が行っています。なのに世間には、日本語母語話者でありさえすれば日本語を非母語話者に教えることができると思っている方がけっこう多いことに驚きます。

先日Twitterで、こんなツイートに接しました。このマンガに出てくる「ぜったいおれもできるわー おれも日本語教師なっちゃおうかなー」とか「じゃあ私にも出来そうだ」とか「わたしも退職したらやろうと思ってますよ日本語教師!」といった発言に軽い殺意を覚えるのは私だけではありますまい。わはは。そういう方には、じゃあ助詞の「は」と「が」の違いを説明してくれませんかとでも言ってみましょうかね。

まあ私も、中国語の講師としてぶち切れそうになることはたまにあります。「中国語の新聞だったらけっこう読めると思いますよ。漢字の意味が分かるんで」という方(主にオジサン)には何度も遭遇したことがあります。また華人留学生で「日本人に中国語教えるバイトないかなー それなら楽勝なのになー」などと言っている人にも。そういう留学生には、例えば「じゃあ“我學中文學了三年”と“我學中文學了三年了”の違いを説明してみて」などと言ってみるのですが、これまでに明快に説明できた方はほとんどいません。

自分の母語を非母語話者に教えるには知識と技術が要り、ことはそう簡単ではないというの、もう少し広く知られてもいいのになと思いました。これも何度も申し上げている「言語リテラシー」教育のようなものの必要性というところに収斂していくお話ですか。