インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

男の子はスポーツ好きが当然という同調圧力が苦手でした

周囲がこの話題で盛り上がってる脇でこんなこと書くのもアレですが、私、全然興味ないんですよね、オリンピック。だからここんとこ、新聞の紙面にもテレビのニュース(最近はあまり見ないけど)にもうんざり。特に子供たちを、五輪を頂点とする競争に駆り立てる空気が充満しているのが、どうにも馴染めません。

例えば、こちらはPanasonicの「ビューティフルジャパン」というプロジェクトなのですが、「この国をひとつにする」という、その何気ないフレーズにも私はそうした空気を読み取ってしまいます。

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youtu.be

それでもこの動画が「炎上」したという話も聞きませんし、むしろ多くの方にとっては「え? 何がよくないの?」でしょうね。夢と感動とレガシーに身も心も震えている方の前で「オリンピックに興味はありません」などと言おうものなら変人扱い、ないしは危険人物扱いされかねない勢いです。「この国」の人であれば、オリンピック好きで当然、とりもなおさず東京でのそれならなおさら……という同調圧力を感じるのです。

思えば子供の頃から「男の子はスポーツ好きが当然」という同調圧力が嫌で嫌で仕方がありませんでした。小学校では、ほぼ全員が(冷静に考えればそんなことはなかっただろうと思うのですが)草野球をやっていて、男の子はたいがい「ご贔屓」の野球チームの帽子をかぶっていました。大阪の小学校でしたから阪神タイガース近鉄バファローズが多かったかな。巨人や中日のファンもいたように思います。私はスポーツ嫌いだけど、あまのじゃくでもあったので、当時一番人気がなかった(失礼)大洋ホエールズの帽子*1をかぶっていました。

子供の草野球って、いや子供だからこそでしょうけど、その巧拙でヒエラルキーが明確になるものなんですよね。それはもう残酷なくらいに。野球がうまくないとあからさまにバカにされ、いじめの対象になる。本当に辛い世界でした。その後もサッカーやバスケットボールなど様々な流行がありましたけど、そのどれもがスポーツ嫌いには理不尽な圧力として迫ってきました。

それでも無理して野球やったり、サッカーの試合を見たり、友人につき合ってスケートしたりスキーに行ったりしていましたけど、そんなことしなくていいんだ、自分は自分だと自信を持って思えるようになったのはずいぶん時が流れてからでした。

水泳も嫌いでしたねえ。私が通った小学校は「ひと夏のうちに何が何でも25m泳げるようにさせる」との教育方針があって、夏休みにも動員をかけられ、強制的に泳がされるのです。後年、大学の体育科目で「泳ぎは何も競泳である必要はない」という考えの先生の元、海でのゆっくりとした楽しい泳ぎ方を教わり、今では何キロだって泳げる(ただし超スロースピードです)ようになりましたけど。

でもこの「今では何キロも泳げるようになった」という言い方自体が、いかに自分もスポーツ至上主義に冒されてるかという証左ですよね。聞くところによると、現在は小中学校でも過度な無理強いはしなくなってきているよし。同調圧力が完全になくなったわけではないでしょうし、いじめの問題はなおも深刻ですけれど、オタクも腐女子もゲーマーも草食系もいて、それぞれがそれぞれの居場所とステイタスを持っていて、昔よりはよほどいい時代になりつつあるんじゃないかと思います。

ただ、私はスポーツ好きじゃないけど、運動選手は尊敬しています。現在通っているジムにもプロや社会人や大学生(野球選手が多い)が大勢いて、そのひたむきな努力や繊細な神経(本当に細かな調整をしてる)には圧倒されることしきり。でも五輪はそんな選手をも不幸にすると思うんです。「過剰な勝利至上主義がスポーツの創造性やアート性を損なってしまっている」というこちらの主張、再掲しておきます。

qianchong.hatenablog.com

それにしても、毎朝新聞を開くと、スポーツ新聞でもないのに一面に巨大な大見出しで金だの銀だの、その数だのが報道されているのにたじろぎます。図書館で主要な全国紙を並べてみると、もっと気味が悪い。紙の新聞のありようは国によって異なるので単純に比較しても意味はないかもしれませんが、世界各国の主要紙の一面でこんなことはあり得るのでしょうか。

お隣の国の冬季五輪ですらこれなのですから、二年後はどうなっているのか……やはり私、2020年の夏は南の島に逃げることにします。

追記

この記事を書いてすぐ、パオロ・マッツァリーノ氏の「反社会学講座ブログ」にこんな記事を見つけました。

ハロウィン、恵方巻、オリンピック
http://pmazzarino.blog.fc2.com/blog-entry-285.html

私はスポーツを否定してるのではなく、興味がないだけです。ただ、ひとつだけ文句をいうならば、興味がないひとにまで、参加や応援を強要するな、ってこと。みんながオリンピックに興味があるふりをしなきゃいけないような風潮がおかしい。スポーツに興味がない者にとっては、オリンピックはハロウィンや恵方巻と同じくらいどうでもいい行事のひとつにすぎないのですから。

わはは、ハロウィンや恵方巻をふくめ、諸手を挙げて賛成です。でも、こうした表明が周囲からの揶揄の対象になり(すでに私は職場で「どうせお嫌いでしょ」的にからかわれています)、うっかりすると批難や糾弾にまでエスカレートしちゃいそうなファナティックな気分が醸成されるかもしれない、というのがいちばん気になるところです。

*1:オレンジ色と緑色の組み合わせという、ある意味すごいデザインでした。