インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

手拍子が苦手です

先日YouTubeでたまたま見かけたこちらの動画。ストリートピアノのパフォーマンス中にサックス奏者が飛び入りで参加して、すばらしい演奏を披露しています。


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最初にキーを確認しただけで、ここまでのセッションができるというのがすごいなと思いました。お互いが元の曲を知っていれば、コード進行などは自ずと分かるんでしょうね。さらにはソロパートに入るタイミングについても、ジャズの作法みたいなものを知り尽くした人同士では「あ・うん」の呼吸があるんでしょう。なんだかプロの能楽師が日頃から稽古を積んでいて、いざとなればほとんどリハーサルなしで合わせることができるというのに似ていると思いました。

ところで、動画を見ていただければ分かりますが、このすばらしい演奏の途中で、観客から自然発生的に「手拍子」が起こっています。どこでも見かける光景ですが、私はこの手拍子というのが本当に苦手です。手拍子が始まると、もうそれだけでいたたまれなくなって、その場を逃げ出したくなるほどです。たぶんこんなことを言っているのは私だけかもしれませんけど。

だいたい、すばらしい演奏がそこにあって、私たちはただそれに耳を傾けていればいいのに、その上から手拍子を重ねてしまうなんて、演者にとっても聴衆にとっても、何もいいことはないと思いません? あの単調な「しゃん・しゃん・しゃん・しゃん……」という繰り返しの音が、演奏の細かい技巧もニュアンスも曲想もその場の雰囲気も、すべてをぶち壊して一色に染め上げてしまうのです。カラオケや居酒屋の「イッキ」じゃないんですから、そんな下世話なリズムで演奏を邪魔しないでほしいなあ。

テレビ番組の『笑点』でも、大喜利なんかで誰かが歌い始めると、すぐに会場から手拍子が沸き起こりますよね。私はアレもイヤですけど、まあアレは寄席で盛り上がってる感ということで、まあヨシとしましょう。それからウィーン・フィルニューイヤーコンサートで恒例の『ラデツキー行進曲』でも聴衆の拍手が「名物」になっていて、 私はアレもイヤですけど、まあアレは新春を言祝ぐための様式美ってことで、これもまあヨシとしましょう。

でも上掲の動画の手拍子は、明らかに邪魔です。えっ、ストリートパフォーマンスなんだから、そういう「雑さ」も味じゃないかって? ぐぬぬ……まあ、確かにそれはそうなんですけど……。当の演奏されている方々はどう思ってらっしゃるんでしょうね。手拍子なんかしなくていいから、ちゃんと演奏のディテールまで聞いてほしい、パフォーマンスに集中してほしいと思ってらっしゃるのか、それとも逆に鼓舞されるからどんどんやって! と思ってらっしゃるのか。

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https://www.irasutoya.com/2015/01/blog-post_883.html

ちなみに能楽では以前から「拍手すべきかどうか論争」みたいなのがあります。能は、何もない空間から始まって何もない空間に戻るという舞台形式であり、もともとは神事でもあることから、また余韻を大切にしたいという観点からも、西洋風の拍手はいらないんじゃないかとおっしゃる方もいます。私も同感で、能の終演後に拍手はしません。もちろんこれもいろいろな意見があって、能楽師の中には「拍手はご遠慮ください」とハッキリおっしゃる方もいれば、特にこだわりはない方もいらっしゃるようです。

qianchong.hatenablog.com

まあ一律に「手拍子はダメ」と規制されるのもイヤですし、規制できるものでもないと思いますけど、少なくとも周りが手拍子しているから私もしなきゃいけないかなみたいな「同調圧力」で手拍子するのだけはやめていいんじゃないか。あれ、みんなが拍手に疲れてきて、だんだん拍手をしなくなったときに自分だけ続けているのはすごく間抜けに感じますし、やめていいのか、やめない方がいいのかとあれこれ考える(これも一種の同調圧力ですよね)のも演奏に集中できなくてイヤです。あ、ちなみに私、手拍子は嫌いですけど、能の足拍子は大好きなんですけどね。