インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

鉛と亜鉛

中日通訳のクラスで教材にいくつかの元素名が出てきたことにちなんで、中国語と日本語の元素の読み方を学習してみました。中国語の元素名は基本的に漢字一文字ですが、日本語は漢字一文字のもの(金とか鉄とか)もあれば、二文字のもの(水素とか酸素とか)もあり、カタカナのもの(ヘリウムとかナトリウムとか)があり、さらには漢字とカタカナの併用(ヨウ素とかフッ素*1)もあって、通訳や翻訳の際にはとてもめんどくさいのです。

でも人名や地名と同じように、知らなければ特に通訳の場合は「一発アウト」ですし、元素名を訳し間違えると場合によってはとても危険でもあるので、主なものはきちんと覚えて、なおかつじゅうぶんに口慣ししておきたいところです。というわけで、Quizletに主な元素名の単語帳を使って、覚えることにしました。

元素名といえば、日本の私たちは学生時代にこれを「水兵リーベ僕の船……」などと語呂合わせで覚えたものです(いまでも中学校や高校でやってるのかしら)が、中国や台湾の学生はどう覚えるのか、聞いてみました。そうしたら、中国大陸の方も台湾の方も、いずれもとにかく丸暗記したのだそうです。それに加えて周期表の縦方向も丸暗記させられるのだとか。私自身は文系のクラスだったからか縦方向を暗記した覚えがないのですが、ネットで検索してみたらこんなのがありました。

benesse.jp

日本語の元素名は、漢字カタカナ入り混じってとにかくもう無秩序状態なので仕方がないような気もしますが、「水兵リーベ僕の船、七曲がりシップス*2、クラークか」にせよ、「リッチな母ちゃん、ルビーせしめてフランスへ」にせよ、日本の覚え方はなんとなく姑息(?)な感じもします。

ところで中国語の話者が理解できないというか、ほとんど「許せない」のは、中国語の“鋅(xīn)”が日本語では「亜鉛」であることだそうです。私など「そういうものだ」と思って覚えちゃっていたうえに、なんとなく鉛と亜鉛を混同して認識していましたけど、よく考えたら鉛はとても有害な物質であるのに対して、亜鉛はサプリなんかに入っている必須ミネラルで、ぜんぜん違うものですよね。

気になってこれも調べてみたら、亜鉛という名称は日本人が命名したということでした。江戸時代中期、大坂(大阪)の医師・寺島良安が編纂した『和漢三才図会』にはじめて「亜鉛」という記述が登場するのだそうです。

中国においては,鉛であってもその性質が猛々しいから倭鉛と称していたが,この書には亜鉛(止多牟*3蕃語ナリ)とあり,いまだ何物たるかを知らず,はなはだ鉛に類するが故に亜鉛と称す,とある.
「亜鉛」研究の歴史と展開

亜鉛*4。これはどんなものかまだよくわからない。甚だ鉛に類似している。それで亜鉛と称する。
亜鉛と真鍮:化学における教養教育の一試行

私もこれまで、亜鉛という名称は中国語から入ってきたのだと思いこんでいました。中国語の“亜”は「二番目の」とか「〜に次ぐ」みたいな意味です。たとえば優勝を“冠軍”、準優勝を“亞軍”と言ったりします。日本語でも「亜種」とか「亜流」みたいに使いますよね。でも鉛(Pb)と亜鉛(Zn)それぞれの性質が分かっている現代においては、この「亜鉛」という名称はかなり奇妙に映ります。中国語話者が理解できないというのもよく分かります。

*1:沃素、弗素とも表記できるのですが、沃や弗が常用漢字ではないためカタカナ表記が多いです。この常用漢字の縛りで漢字仮名交じりにするというの、そろそろやめればいいのにと個人的には思っています。

*2:「名前があるシップス」というのもあるそうです。

*3:トタン

*4:ルビ:とたん