インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

おとなりで解体工事が

自宅のポストに「建物解体工事のご案内」というチラシが入っていました。私が住んでいるアパートの隣に3階建ての大きなお屋敷があるのですが、これを取り壊すのだそうです。

こちらのお屋敷、その大きさからして以前は大家族でお住まいになっていたようですが、最近は年配のご婦人おひとりしかお見かけしていませんでした。しかも垣根の隙間からのぞき見えるお庭は、こう言っては失礼ですが相当に荒れ果てているご様子。玄関周りにも粗大ごみらしきものが積み上がっていたりして、ちょっと気になっていたのです。

私は東京都の世田谷区に住んでいて、そう人に言うと「まあ、高級住宅地のお世田谷?」などと反応が返ってくるのですが、それはたぶん別の世田谷です。私が住んでいる地域は正直に申し上げてかなり「くたびれた」感じがする界隈でして、世田谷区が作っている「空家等の密度分布図」でも一番濃い(つまり空き家が多い)地域のひとつです。


世田谷区空家等対策計画より

世田谷区の空き家率は9.6%だそうです。都内では40位と比較的低位になっていますが、これは100万人以上の人口があるというそのボリュームと、ニコタマ二子玉川)あたりの比較的若い世代の住民が多いエリアがあることで多少空き家の存在が「薄められている」からではないかと思います。エリアによっては、つまり私が住んでいるアパートの周辺みたいなところでは、あきらかに空き家だとわかるーーそれもけっこう朽ち果てていきつつあるーー物件が多く見られます。

ともあれ、空き家の放置や処分については全国的にも課題が大きくなりつつあるようで、うちのアパートのお隣さんみたいにきちんと解体されるのは、行政にとってはとてもありがたいことなんでしょうね。

で、先日から解体工事が始まりました。チラシでは低騒音型の重機を使用して……と書かれていましたが、そこはそれ、3階建ての大きな鉄筋コンクリート造のお屋敷を壊すんですから、それなりに音と振動が伝わってきます。なにせ私の部屋の壁一枚向こうがそのお屋敷なのですから、これはまあ仕方がありません。

現場に掲示されている許可票の施工業者は埼玉県の会社で、作業員の方々は外国の方のようでした。話されている言語は聞き取れないですけど……そうか、たぶんクルド人の方々でしょうね。じつは先般、埼玉県南部に暮らすクルド人が多く解体業に従事していること、そうした在日クルド人が差別や偏見をあおるヘイトスピーチの標的になっているというニュースに接したところでした。

もちろん今回、私のアパートの隣で行われていた解体工事は、騒音や振動、さらには粉塵や周囲の通行についてもじゅうぶんに配慮されていて、なんの問題もなく終了しました。それでも私は、ときおり工事には不可避な音と振動が伝わってきたり、現場の作業員さんたちが外語で声を掛け合ったりしているのが聞こえてきたりするたびに、どことなくヒヤヒヤしながら過ごしていたのでした。頑迷なジイさんあたりが出張ってきて、差別的な言辞を吐きはしないかと。もちろん杞憂でしたけど。

行政書士の資格を持ち、外国人の在留資格などの手続きに詳しい同僚によれば、現在クルド人を中心とする解体業者が関東一円の解体工事ーー日本人がやりたがらない危険度の高い解体工事をこうした業者が一手に引き受けているのだそう。なるほど、日本はすでに、こうした人々がいなければ、空き家の解体もままならず、ひいては社会も回らなくなっているわけです。

お隣の3階建てがすっかりなくなって更地になったので、北東に面している私の部屋の天窓から朝日が差し込むようになりました。これまでは建物に遮られていて、お昼近くの1時間ほどしか光が差し込まなかったのです。これから暑くなる季節、逆にこれは日差しが強烈すぎて往生するかもしれません。