勤務先の学校で学んでいるとある台湾人留学生、昨年の春休みに帰省したものの、その後コロナ禍が急拡大して日本に再入国できなくなり、そのまま一年間休学という形で台湾にとどまっていました。その留学生が今年の春にようやく復学できたのですが、一年前に比べてずいぶんとスリムになっていました。
その理由を聞いてみたら、案の定ダイエットをしていたとのこと。お米の代わりにカリフラワーなど食べていたそうです。そういえば、「カリフラワーライス」というものがあるんですよね(例えば、これ)。
低糖質ということで私も興味はあるのですが、正直に申し上げてあまりおいしそうじゃないなと思っていました。そもそも以前は、カリフラワーってそんなに好んで食べる野菜じゃないなと、スーパーでもあまり手に取らなかったのです。ブロッコリーにくらべるとそんなにお手頃価格でもないですよね、カリフラワーって。
それがある本を読んでかなり印象が変わりました。それが土屋敦氏の『このレシピがすごい!』です。この本はさまざまな料理研究家と、その著書(料理本)を紹介し、その料理本のなかでもイチオシと言えるような「珠玉のレシピ」をやや偏執狂的な文体(褒め言葉)でご自身の体験と絡めて語るものなのですが、その一節、米沢亜衣(細川亜衣)氏の「豚のカリフラワー煮」に衝撃を受けました。
この料理は豚肩ロースのかたまり肉を表面だけ焼き、カリフラワーとニンニクを加えてカリフラワーが煮崩れるまで煮込み、あたかも離乳食を作る感じでつぶした「とろとろカリフラワーソース」とともに豚肉を食べるというものです。もう何度も作っていますが、この料理におけるカリフラワーのおいしさには驚嘆せざるを得ません。もちろん風味は豚の脂やニンニクにも負うところ大とはいえ、カリフラワーの味の奥深さはこの料理で初めて知りました。土屋氏は「こころと身体の滋養となるような優しくてたくましい料理である」と書かれています。
この料理が載っている『イタリア料理の本』を皮切りに、細川亜衣氏の料理本をいくつか買っては読み、そのうちの料理もずいぶんと試してきました。私は氏のレシピの極端なまでの「ミニマルさ」にとても惹かれていたのですが、その氏のレシピの本質を「引き算の料理」と喝破されている本を、最近書店で偶然見つけて読みました。それが三浦哲哉氏の『食べたくなる本』です。
こちらは食に関する哲学的な思考を収めた一冊です。とはいえ語り口はとても軽快で(こんな言い方は少々失礼かもしれませんが)若々しい感覚にあふれています。料理に関するエッセイ、それも哲学的なそれともなれば、いささかパターナリズムの香りが予想されて私などつい身構えてしまいますが、この本に関してはそういう心配はまったく必要ありません。まさに書名の通り、一読「食べたくなる」なのです。
この本にも一部に料理本研究や作家(料理研究家)論が収められていて、そのうちのお一人がやはり細川亜衣氏でした。しかもこれまた氏のレシピ「カリフラワーのピュレ」が取り上げられているのです。これはまだ作ってみてはいないのですが、もう絶対においしいに決まってる、と思わせるものがあります。細川氏と氏の料理、そして氏の料理本を論じる三浦氏の文章もさることながら、そこに引用された細川氏の文章にも「やられる」のでした。
カリフラワーをくたくたにゆでて、その中に米を一握り入れて煮る。味つけは塩と、器に盛ってからかけるオリーブオイルだけ。煮くずれたカリフラワーと、ほんのり芯の残った米の食感の心地よさは、野菜にはしっかりと火を入れてとろけるような甘みを出し、パスタや米は芯を残して軽快な舌触りを楽しむ、イタリア料理の心意気を私に教えてくれた。
おおお……おいしそう。てなわけで、この料理が載った細川氏のデビュー作『私のイタリア料理』もAmazonのマーケットプレイスでけっこうな値段になっていたのを買ってしまいましたよ。
三浦哲哉氏のこの『食べたくなる本』には、ほかにも五感を刺激されるような文章がたくさん収められています。料理に関する文章はかなり読んできましたけど、これは座右の愛読書になりそうな予感がします。ふらっと立ち寄った書店で偶然こういう本を見つけることができるから、「リアルな」書店はやはり残っていてほしいなあと改めて思うのでした。細川氏の旧作はAmazonで買ってしまいましたけど。