インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

“騎樓”と“透天厝”と“紙紮”

華人留学生の通訳クラスで、暮らしと行事に関する語彙を日本語と中国語で集めて、それを元に会話練習をする……というタスクを行いました。いろいろな語彙が出てきて、しかもそれが日本と中国・台湾・香港、さらにはそのほかの華人社会で微妙に異なっていることがあり、またある地域ではごく日常的な語彙なのに、別の地域ではほとんど使わない、というようなものもあり、予想外に盛り上がりました。

日本語訳でみんなが頭を悩ませたのは、例えば“騎樓”とか“透天厝”といった言葉です。いずれも台湾ではポピュラーですが、その他の地域の華人にとっては「何それ?」だったり、知ってはいるけど日本語でどう言えばいいかと固まってしまったり。“騎樓”は台湾や香港や、中国でも南の地方だとよく見かける、通りに面した建物の一階部分が数メートル引っ込んでいて、歩道のように使える、あるいはそこに住んでいる人のためのスペースとして使える(バイク置き場だったり、商売の場だったり、あるいは憩いの場だったりします)アレです。「アレ」じゃよく分からないでしょうから、Google画像検索へのリンクを張っておきます。

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日本語で一番近いのは「アーケード」でしょうけど、アーケードと“騎樓”は似ているようでちょっと違いますよね。

“透天厝”は一種の集合住宅ですが、一階から三階や四階くらいまでの縦一列が基本的に一世帯という住宅です。一階が“騎樓”になっていることも多く、そこで商売をしていたり、“家庭公廟”(これも日本語にしにくい)があったりするアレ。これもリンクを張っておきます。

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留学生のみなさんはネットで調べて「タウンハウス」という訳語を当てている方が多かったですが、日本人が「タウンハウス」という語彙を聞いて、あの“透天厝”に近いイメージを思い浮かべられるかなあ……。

もう一つ盛り上がったのは、“掃墓”つまり「お墓参り」のやり方についてでした。墓石を掃除するとか、花を手向ける、お供え物をする、お線香を焚く……あたりまではみなさん同じでしたが、日本と明らかに異なるのは“紙錢”を燃やすという習慣でした。そうそう、私も台湾に住んでいた頃は驚きの眼で眺めていましたが、みなさん本当に“紙錢”をぼんぼん燃やすんですよね。

この燃やす紙のお金(もちろん作り物)は、あの世でお金に困らないようにという願いが込められているそうですが、お墓参りの季節や、あとお葬式の時などはお金以外に「様々なグッズ」も燃やします。“紙錢”と同じように紙に印刷された服や日用品などの絵もありますが、“紙紮”といって、それらを紙で立体的に作った、いわばペーパークラフトみたいなのも大量にかつ多岐にわたって作られ、売られています。この発想も日本にはないですよね。どこかの地方にはあるのかもしれませんし、亡くなった方にわらじを履かせたり小銭(三途の川の渡し賃?)を握らせたりというのは私も見たことがありますが。

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……で、いま“紙紮”で画像検索してみて、驚きました。私が実際に見たことがあるのはスーツとか自動車(ベンツみたいな高級車)程度ですけど、いまやありとあらゆる品がペーパークラフトで作られているんですね。タバコや釣り道具やカメラなど故人の好きだったもの、パソコンにスマートフォン、麻雀セットに囲碁将棋、茶道具にコスメ、さらには自動車だけじゃガス欠になったらどうするんだとガソリンスタンド、いやそれよりもっと手っ取り早く銀行そのものをお供えしちゃう(あの世のATMでお金下ろし放題?)……と、ほとんどギャグじゃないかと思えるほどのラインナップです。

私が思わず冗談めかして“浪費資源(資源の無駄遣い)”と言ったら、全員爆笑していましたから、華人のみなさんも「これはちと過剰だな」と思っているのかもしれません。でもそこにはチャイニーズの人々の故人に対する熱い思いも見てとれて、これはこれでなかなかに感動的です。私自身は自分の死後に何の思い入れもないので、もし家族がいたら「そういうお供えはしなくていいよ」と言いのこしますが。

ネットで検索中に、一昨年フランスで、この“紙紮用品”に関する展覧会が開かれていたことも知りました。これはぜひ観てみたかったです。

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https://jp.taiwantoday.tw/news.php?unit=148,149,150,151,152&post=157128