インタプリタかなくぎ流

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マブイの行方

平野久美子氏の『牡丹社事件 マブイの行方ー日本と台湾、それぞれの和解』を読みました。日本が、その後半世紀にわたる統治(植民地支配)を始める20年以上も前、1871年に起きた「琉球民遭難殺害事件」と、それをひとつの口実にして1874年から始められた「台湾出兵」を中心に、明治政府による琉球併合、その後の日本の海外出兵、さらには江戸時代における薩摩藩の対琉球政策や、富国強兵政策の中での日本と台湾の関わりなど、幅広い史実を掘り起こすルポルタージュです。

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牡丹社事件 マブイの行方ー日本と台湾、それぞれの和解

書名にも表されているように、この本では史実の究明もさることながら、そこに関わる当事者双方の「マブイ(魂)」の救済に大きな力点が置かれています。そしてその魂の救済は、当時の当事者や関係者のみならず、当時から何代も時代が下った現在に生きる子孫の人々、さらには今の私たち全体にも関わることなのだという部分に非常に重いものを感じました。私のように、公私ともに台湾に関わることが多い人間にとってはなおさら。

私はこの本を読むまで、牡丹社事件のことを何ひとつ知りませんでした。映画『セデック・バレ』などで比較的広く知られる、日本統治下で起きた霧社事件や、同じく日本統治下で起きた西来庵事件(タパニー事件)などのことは知っていましたし、ここ数年よく行くようになった澎湖諸島における日本軍や日本人の足跡にについても様々な史跡を回って来ましたが、この台湾南部の屏東縣で発生し、その後150年にわたって和解に向かうための試みが続けられてきたこの事件についてはまったく知らなかったのです。かつてはすぐ近くの高雄縣に住み、旅行で恆春や墾丁にも何度か訪れていたというのに。

そしてまた、言語、風俗、習慣、価値観や宗教観などが違う民族同士で、過去の歴史を双方から乗り越え、和解に向かうことがどれほど大切かつ大変であるかも、この事件は教えているように思いました。それは台湾との関係のみにとどまらず、中国や韓国、北朝鮮などその他の国々との間でいまだに山積している歴史の問題への向き合い方をも示唆するものです。牡丹社事件語り部、故マバリウ・バジロク氏の言葉がとても印象に残りました。

あの事件の末裔であるということは私に和解の責任があるということです。これは私が背負った運命ですよ。その運命をねえ、前向きにとらえて、沖縄のみなさんと交流を続けて、お互いの文化や伝統を知り、尊敬し合うことで、お互いの不信感やこだわりも溶けていくのです。

私は先日、台湾の周杰倫氏がかつて東京でのコンサートで「桃太郎」の歌を披露し、侵略の歴史をあちらから乗り越えて私たちに語りかけてくれたことにある種の「疼き」を感じると書きました。それは本来私たちの方から乗り越え、語りかけていかなければならない歴史だからです。今はコロナ禍で叶いませんが、次に台湾へ行くことができたら、ぜひこの事件に関わる地(この本に詳しく紹介されています)を訪ねてみたいと思います。

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