インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

『桃太郎』に感じる小さな疼きのようなもの

留学生のための一般教養講座で『東アジア近現代史』という授業を担当しています。毎年その授業の一環で『桃太郎 海の神兵』という、1944年に海軍省の後援で制作されたアニメーション映画を紹介しています。この映画のクライマックスに出てくる、落下傘部隊が降下して激しい戦闘を交えるシーンは、1942年1月に行われた「メナド攻略作戦」に材が取られています。

アニメに登場する司令官は、題名の通り桃太郎。髷を結い、日の丸鉢巻に日本刀という、おとぎ話と同じいでたちです。この桃太郎司令官率いる日本軍が、鬼ヶ島の鬼ならぬインドネシア・セレベス島メナドのオランダ軍を「攻略」するというわけです。このメナド攻略戦を含む蘭印作戦(H作戦)は、蘭印(オランダ領東インド)の解放を謳いつつ、主目的は石油資源と南方への進出であり、実質的な侵略戦争でした。

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https://natalie.mu/eiga/news/186189

童謡の『ももたろう』は誰もが一度は歌ったことがあると思いますが、こうした侵略者としての側面を踏まえて見つめ直してみると、なかなかに興味深いというか、心穏やかならぬ歌詞ではあります。一番の「お腰につけた黍団子、一つわたしに下さいな」あたりはカワイイですけど、四番や五番になるとこんな感じです。

4.そりや進め、そりや進め、一度に攻めて攻めやぶり、つぶしてしまへ、鬼が島。
5.おもしろい、おもしろい、のこらず鬼を攻めふせて、分捕物をえんやらや。
桃太郎 - Wikipedia

もちろんこれは童謡ですし、村人にさんざっぱら悪さをしていた鬼たちを「退治」したというおとぎ話ですから、いま現在の視点でこれが不適切だとかポリコレ的に正しくないだとか申し上げるつもりはありません。ただ、よく指摘されることではありますが、こうした童謡やおとぎ話が時として包含している一種の好戦性や残虐性、あるいはそうした童謡やおとぎ話を宣伝やプロパガンダに利用した過去があったという点については、留意しておいてもよいのではないかと思います。

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ところで、この童謡『ももたろう』を聞くと、私はいつもあるコンサートの一場面を思い出します。それは以前にも書いたことがありますが、2006年に東京国際フォーラムで行われた、台湾のアーティスト・周杰倫ジェイ・チョウ)氏のコンサートです。私は当時、このコンサート会場にいたのですが、コンサートの終盤、彼は会場にいた氏のおばあさまを紹介し、『ももたろう』の歌を日本語で歌ったのです。

その時の映像が、YouTubeに上がっているのを最近見つけました。


2006年周杰伦第一次日本演唱会 日本童谣桃太郎

周杰倫氏からマイクを渡されたおばあさまは、流暢な日本語でこう話しています。

孫は、小さい時から、あの、すごく歌が好きでした。私が日本の童謡を教えてあげます(あげました)。
孫に(を)応援してくださいまして、ありがとうございました。

そして周杰倫氏は『ももたろう』を歌い、観客にも一緒に歌うよう促したのです。映像にはおばあさまも日本語で唱和している姿が写っています。

台湾人のおばあさまが今でも流暢な日本語を話すことができ、幼い周杰倫氏に『桃太郎』の童謡を教えることができたのは、かつて日本が50年間(1895年〜1945年)にわたって台湾を統治し、その統治下で行われた日本語教育があったからに他なりません*1。にもかかわらず、そんな歴史的経緯のある台湾の周杰倫氏が、その歌を逆に日本の聴衆に対する親密さのあかしとして歌ってくれたわけです。

当時会場にいた私は、この『ももたろう』を複雑な心境で聞いていました。それはやはり、この歌を台湾人が歌うことに、かすかな「疼き」を覚えるからです。周杰倫氏にはおそらくそうした歴史的背景という意識はなく、単に自分の大好きなおばあさまと日本とのつながりを踏まえ、その日本のファンに向けて「子供の頃から日本に親しみを感じていたよ」というメッセージを送りたかっただけなのだと思います。

でも私には、侵略の歴史をあちらから乗り越えて私たちに語りかけてくれたように感じられました。本来ならまず、こちらから乗り越えてメッセージを送らなければならないのに。そして、いまだあの侵略戦争をまともに見据えすことすら拒否する人が、あるいはいまだ台湾を含むアジア諸国に対して根拠のない優越感や抜き難い蔑視の視線を抱き続けている人が少なくないこの国のありように、申し訳ないような気持ちにもなりました。

いままた『桃太郎 海の神兵』を見て、そして『ももたろう』を聞くと、そのカワイイ造形や歌詞をそのまま受け止めながらも、やはり一抹の疼きを感じざるを得ません。それは自虐でも他虐でもなく、繰り返し自らに言い聞かせる「歴史をきちんと学べ」という自戒のようなものです。だからこそこの授業で留学生にこうした様々な資料を紹介し、ぜひみなさんの意見や感想も聞きたいと思っているのです。

*1:冒頭でご紹介した『桃太郎 海の神兵』にも、現地の人々(映画では動物たちですが)に日本語を教えるシーンが出てきます。https://youtu.be/3KpfRUrvlpA