インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

あいうえおの歌

第二次世界大戦時の1942年から1945年にかけて出版された、『FRONT』(フロント)という大判のグラフ誌があります。原弘、木村伊兵衛など、後に昭和を代表するデザイナーやフォトグラファーとなるメンバーが所属していた、大日本帝国陸軍参謀本部の直属出版社・東方社の発行。これは大日本帝国の対外宣伝用プロパガンダ雑誌で、この時代とは思えないほどの斬新なデザインと、バックに潤沢な予算が想像されるぜいたくな作りが特徴です。

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私は毎年この雑誌(復刻版)を留学生向けの授業で使い、雑誌を見た感想を聞いています。「大東亜共栄圏」の大言壮語に驚く人もいれば、醒めた目で眺める人もいます。「こうした歴史的資料が今でも残されていて、いつでも見ることができるのはすごい」と自分の国の状況と引き比べて感想を述べる人もいます。

この『FRONT』は14号まで(合冊があるので、実際には8号)発行されたあと、「特別号」として「インド編」と「戦時の東京編」が発行され、そこで敗戦(終戦)を迎えたため終刊となりました。その最後に発行された「戦時の東京編」は中国語と日本語(カタカナ)の併記になっていて、中国語学習者としてもとても興味深いのですが、ある時台湾の留学生に、その裏表紙に載せられている楽譜はなんの歌ですかと聞かれたことがありました。

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私はこの歌を知らなかったので、その時は「調べてみます」とだけ答えたのですが、それは歌詞にただ「あいうえお」の五十音が登場するだけという奇妙な歌でした。

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その後、これが日本の敗戦色が色濃くなりつつあった1944年に制作されたアニメーション映画『桃太郎 海の神兵』のワンシーンで出てくる、南方(おそらく蘭印、インドネシア)で現地の人々に日本語を教育するための歌だということがわかりました。YouTubeに動画があります。なんと、作曲は古関裕而、作詞はサトー・ハチローです。


カラオケ練習用 アイウエオの歌(桃太郎 海の神兵)

この動画だけではわからないのですが、『桃太郎 海の神兵』を見ると、この歌の前段に日本語教師役の兵隊が現地の人々(映画では動物たち)に五十音を教えようとするも、みんなてんでバラバラに好き勝手なことをして「学級崩壊」寸前になっているところ、機転を利かせて歌にして教えたらみんなが唱和してうまく行った……という筋書きになっています。

この映画自体がミュージカル仕立てなので歌の登場は唐突ではないのですが、民衆に言語を教え込む手段としての音楽、という観点で見ると、なかなかに考えさせられるものがあります。しかも映画ではリフレインしながら高鳴る音楽とともに、最後はカタカナの五十音が大写しになるという迫力(?)です。まるでTVアニメの『ルパン三世』冒頭で、その日のタイトルが一文字ずつ大写しになるあんな感じ。何としても日本語を教え込むのだという執念が感じられて、ちょっと怖いくらいです。

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きのう私は、台湾の周杰倫ジェイ・チョウ)氏が東京のコンサートで披露してくれた『ももたろう』を聞いて、それを教えたおばあさまにかつて日本が施した日本語教育を思うと少なからぬ心の「疼き」を感じると書きました。この『あいうえおの歌』にも、同じような「疼き」を感じます。今年の授業にはインドネシアの留学生も多く参加しています。いままさに日本語を学んでいるみなさんが、この歌をどう感じるか聞いてみたいと思っています。

qianchong.hatenablog.com