インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

グレイヘアと生きる

先日髪を切りに行きまして、白髪染めもやってもらいました。もう十年以上も同じお店に通い、同じ方に切って染めてもらっています。この方は、私が椅子に座ってまったく何も言わなくても「いつものとおりですね」とやってくださる。子供の頃から理髪店に行くのが大嫌いで、どんな髪型にしてほしいのかを説明するのも大の苦手だった私には、本当にありがたいです。

髪を切るのは約一ヶ月に一回で、染めるのは二ヶ月に一回です。もうずいぶん前から白髪が増えてきて、染める直前に切ってもらった髪を見ると、後頭部や側頭部はまだ「ごま塩」状態ですが、頭頂部はかなり「行っちゃってる」。だいたい七割くらいは白髪なんじゃないでしょうか。これまではこの白髪を全部染めてもらっていたのですが、先日はふと思いついて「これを染めないでおくと、どんな感じになりますか?」と聞いてみました。

「そうですねえ。頭の後ろや横と、てっぺんとで、白髪の量がかなり違うので『ふぞろい』な感じになりますかね」
「そうすると、やっぱり染めたほうが?」
「いや、最近はそういう方のための新しい白髪染めもできています」

おお、それは耳寄りな情報です。お店の方いわく、白髪を完全に染めちゃうんじゃなくて、まだ黒い部分とのコントラストを抑える方向でグレーに染めるようなヘアカラー(白髪染め)があるのだそうです。それで帰ってからネットで「白髪 活かす カラー」などのキーワードで検索してみたら、こんなウェブサイトがありました。

www.bestsalonreport.jp

なるほど、ここに紹介されているのは女性のヘアカラーばかりですが、自分の想像を超えたいろいろな選択肢があるんですね。そう思っていた矢先、ぶらっと立ち寄った書店でこの本を見つけました。近藤サト氏の『グレイヘアと生きる』です。おおお、何というシンクロニシティでしょうか。

f:id:QianChong:20191208171247j:plain:w200
グレイヘアと生きる

一読、共感の嵐でした。ほぼ同世代の近藤氏が語っていることが、ひとつひとつ腑に落ちるのです。特に人々の多様性、価値観の多様性という観点。なぜ黒髪が若さ=善きもの、白髪は年寄り=悪しきものと考えねばならないのかと。年相応のあり方があっていいし、染めたい人は染めればいいし、なんならもっと他の色を楽しんでもいい。もとより世界中には様々な髪の色があり、皮膚の色がある。

そんな当たり前のことを自分もわかっているつもりでいながら、例えば私は、自分本来の髪の毛であっても真っ黒に染めさせるなどといういわゆる「ブラック校則」に心の底から憤慨する一方で、当の自分はその「一色に染めあげる」価値観から逃れられていなかったわけです。

この本は主に女性向けに書かれていますので、ファッションやメイクやアクセサリーについてのアドバイスは人によってはあまり関係がないかもしれませんが、中高年の生き方を考える上ではとても示唆に富んでいます。決めました。私も氏に倣って「白髪革命」に加わりたいと思います(もっとも私みたいなオジサンが白髪になるってのは別に女性ほどの勇気もいらないし、周囲もまったく興味ないでしょうけど)。数カ月後がたのしみです。