インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

「腰掛け」で仕事してると“緣分”が寄ってこない

先日、通訳学校の生徒さんから「キャリア相談」にのってくれませんかと話を持ちかけられました。教師という仕事をしていると、時々生徒さんからこうした就職や転職や進路などについての相談をされます。その際に一番よく聞かれるのは「センセは学校を卒業したあと、どうやって今の仕事にたどり着かれたんですか」というご質問です。

う〜ん、私の職歴はかなり特殊、というかまったくもって順風満帆な歩みではなかったので、あまり人様のご参考になるような気がしません。とはいえ、別に隠すような悪いこともしていないので、聞かれるまま答えることにしています。

みなさんが私の職歴を聞きたい理由は、そのほとんどが「いま勤めている職場を辞めたい」であり、その先に「通訳や翻訳関係の仕事に転職するにはどうしたらよいか」あるいは「脱サラしてフリーランスで通訳や翻訳の仕事をしていくことは可能か」というご質問が続きます。

しかし、フリーランスにしろ転職にしろ、通訳や翻訳という仕事で食べていくのはそう簡単ではありません。特に、語学のスキルにあまり敬意を払わないこの日本という「国度」にあっては(それはほぼ単一言語で社会を営むことができ、高等教育まで行うことができるという、世界の中でも極めて恵まれた言語環境のゆえでもあります)なおさらです。

私見では通訳や翻訳は極端な「二極化」が進みつつあります。一握りのハイエンドの方々だけはそれなりに稼働できるものの、中間層がごっそりと退場していき、底辺は価格破壊が進むと同時に機械化、AI化が絶賛進行中です。

英語の業界はあまり詳しくありませんが、中国語の業界に限っていえばハイエンドの方々であっても、大学の先生などいくつかのお仕事を掛け持ちされています。いわんや私のような第二線・第三線の人間においてをや。しかも業界では以前にもご紹介した「仮案件&リリース」の嵐が吹き荒れています。通訳学校のような場所で教え、なかば「こんなに輝く未来が!」的な惹句に乗っかっていながらこんなことを言うのはかなり心が痛みますが、正直に申し上げてなかなかに厳しい業界です。もちろん通訳や翻訳の重要性や、業務の意義についてはいささかも薄れていないとは今も思っていますが。

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また「いま勤めている職場を辞めたい」についても、私が私の過去の経験を元に軽々に「イヤなら辞めちゃえば」とも「石の上にも三年でしょ」とも言えません。時代が違いますし、ブラック企業の問題が頻繁に取り上げられる昨今でもありますし。それで結局、相談者にしてみればどうにも煮え切らないであろうお答えをするしかないのですが、一つだけ、これは時代にあまり関係なく心に留めておいてもいいんじゃないかなと思えることをアドバイスしています。

それは「職場の人間関係はバカにできない」ということです。

当たり前のことなんですけど、仕事は一人でやっているわけではありません。それはフリーランスの一匹狼だって同じです。だから、一つの職場で働いているときに、いろいろな人と繋がって協同していることを意識するのはとても大切だと思います。同じ会社の人間だけでなく、取引先の人、出入りの業者さん、メールや電話でしか話したことのない関係各所の人……。

働くということは、ある意味そうした人間関係を構築し、広げていくことです。ときどき「こんな会社、いつでも転職してやる」ってんで、「腰掛け」的に仕事をしている方がいますが、そういう方は往々にして人間関係の構築が手薄に、あるいは功利的に(独りよがりに)なりがちです。「オレの居場所はここじゃない」「今はまだ本気出してないだけ」的な雰囲気は、驚くほど周囲に伝わる。そういう人は職場を通じた人間関係があまり広がっていかないように思います。

いっぽうで、本音では「オレの居場所はここじゃない」と思い「いつか転職してやる」と思っていたとしても、在職している間はとりえあず一所懸命に仕事に身を投じていると、会社内外に健全な(?)人間関係が広がっていきます。そしてその人間関係がいざ転職するときに思いもかけぬ効果をもたらすことがあるのです。「あの会社辞めるんだって? じゃあウチへ来なよ」みたいな分かりやすいものでなくても、何かしら手を差し伸べてくれる人が現れる。華人が好んでよく使う“緣分(緣份:ご縁)”というのは、こういうことなんじゃないかと思います。

やっぱりなんだか「新橋の居酒屋でくだまいてるオヤジ」みたいになってきちゃいました。それに“緣分”を期待するのだって功利的じゃん、と言われれば返す言葉はないんですけど。

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https://www.irasutoya.com/2015/09/blog-post_18.html

でも、さっきちょっと数えてみたら、私はこれまで掛け持ちも含めて十回の転職をしてきたのですが、そのうち自分で求職して(求人情報を見るとか、履歴書や職務経歴書を送るとか)得た仕事は二つだけで、あとはすべて“緣分”でお声がけいただいたものでした。その“緣分”に感謝していますし、それは少々口幅ったい言い方になりますけど、曲がりなりにも「腰掛けで仕事はしてこなかった」からかなと思うのです。

「立つ鳥跡を濁しまくり」で、喧嘩同然で辞めた職場も多いのですが、それでも仕事の姿勢をどこかで見ていてくださった方がいたから、今につながっているのかなと。「石の上にも三年」を無条件に信奉しなくてもちろんいいけれど、少なくとも「腰掛け」で職場の人間関係を疎んじた働き方だけはしないほうがいいんじゃないかなと思います(やっぱり新橋のオヤジみたいですね)。