インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

Et tu, JETRO?

以前、エージェント(通訳者の派遣業者)のウェブサイトにこんな記事を寄稿したことがあります。

haken.issjp.com

現在、多くのフリーランス通訳者を悩ませていると思われる「仮案件とリリース」についてはこの記事に当たっていただければ幸いですが、エージェントのブログに寄稿する以上、あまり踏み込んでかけなかった「本音」がありました。それは、こうした傾向が通訳者とエージェントの信頼関係を徐々に損ない、回り回って業界全体が地盤沈下を起こしていくのではないかという懸念です。

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現在、エージェントからメールで届く通訳案件のオファーは、そのほとんどがまずは「仮案件」です。最初から「確定案件」でお願いしますという案件はほとんどなくなりました。もちろん、これは私個人の状況ですから、業界全体がそうなのかどうかはわかりません。でも、Twitterで「仮案件とリリース」についてつぶやくと、多くの先輩方から同じような声が寄せられるのは確かです。

新手のエージェントが登場

実はそんな中、メールで届くオファーがすべて「確定案件」というエージェントが私の知る限り一社だけ存在します。仮に「X社」としておきましょう。この「X社」の特徴は、登録している通訳者に一斉メールでオファーを出すという点です。

通常、エージェントは、仮案件であってもその仕事の難度や通訳者の適性(あるいはランキング)などによって、まずは「この方に」という形でオファーを出してきます。その方がダブルブッキングなどでオファーが受けられない場合次の方へ、とオファーをかけていくのが普通のはずで、つまりここにはまだかろうじてエージェントと通訳者の間の信頼関係が残っています。

ところが「X社」は一斉メールでオファーを出します。つまり、この仕事の条件で応募できる方は応募してください、その中からこちらが選びますというスタンスなのです。

そして応募する際はそのつど、履歴書や直近の職務経歴書を提出する必要があります(通常は年に一回程度更新していく形が多い)。当該業務の経験の有無も書き添えるよう指示があります。自宅から現場までの交通費も書くように言われます。

こうして、「X社」は一斉メールに応募してきた通訳者の中から、その仕事に最適な通訳者を選び、仕事を発注するのです。ここでいう「最適」には、おそらく「コスト的に一番安くなる」というファクターも含まれていることでしょう。加えて、登録通訳者のスキルを把握するという管理コストも削減しているのでしょう。

一見クラウドソーシングにも似て、合理的な方法に思えます。でも「X社」が特異なのは、仕事を発注する人にしか返事をしないという点。つまり、仕事を発注されない人にとっては、応募しても「なしのつぶて」で一切の連絡がないのです。これはちょっとひどいと思いませんか。いくら最初から確定案件であっても、応募して「なしのつぶて」なら応募する側にとっては仮案件と同じです。いつまでたっても開けておいた日時の仕事が決まらない(実際には無視されている)のですから。

さらに「X社」は、他社に比べるとレートが低めです。だいたい通常のレートの5分の3程度といったところでしょうか。推測の域を出ませんが、これは最初からクライアント(通訳者の発注元)にかなり安いレートを提示し、「そのかわり他のエージェントと相見積もりにしないで、うちに直接仕事をください」という営業スタイルをとっているのではないかと思われます。これが「最初からすべて確定案件」の理由なのかもしれません。

「安かろう悪かろう」であっても、クライアントにとっては安く発注できるのでほくほくですよね。「X社」も確実に仕事を取れるのでほくほくです。でも数多の通訳者は応募しても「なしのつぶて」でスケジュール管理はめちゃくちゃに。そう、通訳者だけが不利な立場なのです。それが市場の論理だ、フリーランスなんだから立場が弱いのは当然だといってしまえばそれまでですが、商取引である以上、クライアント、エージェント、通訳者が対等な立場で交渉するべきではありませんか。

あのクライアントまでが

それでも、これまで「X社」からオファーがある仕事は、「安かろう悪かろう」に見合ったというか、「会議の日程が迫ってきたけど、そういえば通訳者はどうする?」的なクライアントの案件も多く、さもありなんという感じでした。ところが、先日またまた「X社」から届いた一斉メールには、少なからず衝撃を受けました。それは案件の発注元がジェトロJETRO日本貿易振興機構だったからです。

www.jetro.go.jp

ジェトロと言えば、経済産業省と深い繋がりを持ち、「外務省が管轄する在外公館に次いで幅広い海外ネットワークを持ち、在外企業の支援を行うとともに、海外経済に関する情報の収集を行っている(Wikipedia)」団体。私も以前、同時通訳の案件を受注したことがあります。その時はさすがに多くの通訳者を使いこなしてきた団体だけあって、通訳者に対する理解も行き届いていると思いました。

そのジェトロが、ついにくだんの「X社」に発注したのです。経費削減の折からやむを得ずだったのか、それともたまたまなのかもしれませんが、ああ、あのジェトロまでがついに、と思いました。

国益などという言葉を振りかざしたくはないけれど、ジェトロのような海外ビジネスを支援する半公的機関までが「安かろう悪かろう」に頼らざるを得ないという状況に、この国の対外政策、外語や異文化・異言語に対する脇の甘さが透けて見えると思いました。こんなことを書き散らしていたらますます仕事は来なくなるかもしれませんが、少なからず衝撃を受けたのでここに書き記しておく次第です。

追記

この記事を書いたのは昨日ですが、今朝の東京新聞にこんな記事が載っていました。

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公取委報告書のポイントに「ほかの発注者と取引できないようにしたりすることも問題視」とあります。くだんの「X社」が一斉メールでオファーを出し、応募してその日時をあけて待っていても「なしのつぶて」で当日まで連絡をもらえない……というのは、これに当たらないのでしょうか。