インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

再び「世界ふれあい街歩き」の過剰について

6年ほど前にも書いたことがあるのですが、大好きな番組だけにもう一度申し上げたいと思います。NHKで放映されている『世界ふれあい街歩き』の「過剰」についてです。

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世界ふれあい街歩き - NHK

ご承知の通りこの番組は、世界中の様々な街の、観光名所だけではない側面、例えば人々の暮らしや、働いている人達の姿や、若者や子どもたちの声などを伝えてくれて、とっても旅情をそそられる構成になっています。基本的に「ステディカム」という歩き撮り用のテレビカメラを使って、実際にその街を歩いているような視線で画面が構成されており、そこにナレーションが入ったり、ナレーターと地元の人々との会話が入ったりします。

毎回変わるナレーターの声は日本語ですが、地元の人々の声は字幕で入ります(途中に差し挟まれる「食べ歩き」などのミニコーナーは吹き替え)。つまりそのナレーター氏がひとりでその街を歩いている、というバーチャルな作りになっていて(実際には現地に行っておらず、映像を見ながら話しているそうです)、そこに視聴者も自分を投影してあたかもその街を歩いているような気分になることができる、という面白い構成の番組なのです。

ただ私は、そのナレーションが少々「過剰」ではないかと以前から思っています。担当しているのは有名どころの俳優さんが多いのですが、まるで沈黙を嫌うかのように間断なくしゃべるのです。もう少し芝居っ気を抑制して、沈黙の時間(というより、街の雑踏音など環境の音が聞こえている状態)を多くして、見るものに想像の余地と余韻を与えてほしいなと。

画面に出てくるものすべてを「あら、可愛いワンちゃん」などと主観で説明する必要はないんじゃないかと思います。画面に見えているということは、視聴者にもそれが見えています。その視聴者が「あれ、あんなところにあんなものがある」と気づき「あれはなんだろう?」と考えをめぐらす……そうした旅の味わい方を、過剰なナレーションが許してくれないのです。視覚障害者のためにできるだけナレーションで説明しているという側面もあるのかもしれません。でもそれだったら副音声などでも対応できるはずです。

qianchong.hatenablog.com

先日のロンドンは「ブリクストン」の回も、若い俳優さんの声がやたらに耳につきました。一生懸命なのはわかるし、多分ディレクターさんなどの意向もあるでしょうけど、アニメの声優さんみたいな演技過多のナレーションがひっきりなしにかぶって、こちらの旅情を単色で染め上げてしまうのです。なんのために「ステディカム」を持って、視聴者をバーチャルな旅行体験に誘おうとしているのか……番組のコンセプトが台無しではありませんか。

www.nhk-ondemand.jp

日本のテレビそのものが、沈黙を極端に恐れるメディアであることは重々承知していながらも、高いお金を払っているNHKだからこそ、そして公共放送(……とは、特に最近のNHKの報道など、とてもそうは思えませんが)だからこそ、言葉で全部を埋めない度量と勇気を持ってほしいなあ。というわけで、NHKにもメールで投書しているんですけど、まあ当然のことながら「梨のつぶて」です。私みたいなのは奇矯な意見なのかな。

余談ですが、この回に出てきた「みんなの冷蔵庫」「無料トレーニングジム」「スープキッチン(炊き出し)」などはとてもいいアイデアだと思います。日本でもやればいいのに。例えばコンビニで廃棄される弁当などを有効活用するとか。やたら規制が多くて融通が利かない日本社会では難しいかしら。

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