読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

世界ふれあい街歩きの「過剰」

 NHKで一番好きな番組ですね、これ。
 『世界ふれあい街歩きhttp://www.nhk.or.jp/sekaimachi/index.html

 一時期「放送終了」という話をツイッターで仄聞して、とても残念に思っていたんですけど、NHK総合での放送は終わってしまったものの、BSプレミアムは継続しているみたい。私はNHK受信料、衛星契約でしかも毎年一年分を前払いでぽかすか振り込んでいる超優良受信者で、毎回録画して何度も楽しんでいます。BGMみたいに流しておくのも好きです。DVDボックスまではさすがに買ってませんけど。今日は新春特別編で、イタリア・フランス・スペシャルでした。これまでのハイライトを選りすぐってつないだものです。

 この番組、旅行者の歩く視点で――まさに人の目の高さでカメラを移動させて、カメラも時折ゆらゆら揺れる――ひとつの街をあちこち見て回る、しかも有名な観光地だけでなく、路地裏や町工場や個人の家なんかにも入っていくのがいいんですよね。以前メイキングを見た時に、かなり周到に準備して撮られていることが分かりましたが、それほど意図的な作為や「仕込み」感も薄くて、本当にその街を旅しているような気分になります。

 ……と、手放しで絶賛の同番組ですが、ひとつだけいただけないのは、ナレーションの過剰さです。見ている方はご存じでしょうけど、カメラが街を歩きながら、毎回俳優やタレントが旅人視点で一人語りをします。これが時に、いやほとんどの方の場合、説明過剰で感情過多になっていて、旅情をいちじるしく削ぐんですよね。

 例えば路地を歩いていて、向こうからかわいい犬を連れたご婦人が歩いてくるとするでしょ。すると決まってナレーションがこう入るんです。

 「わあっ、かわいいワンちゃん!」

 わかってるっちゅ〜の。見れば分かるじゃない。つか、今それを私も言おうとしてたんだよ、でもって頭なでなでする妄想に浸るところだったんだよ、も〜。

 他にも壁の彫刻を見上げては「おや、こんなところに彫刻が。いったい誰の像だろう」とか、「重そうな荷物を持ったおじさんだ! あっ、ドアにぶつかった」とか、「お向かいの建物は変な形をしてますね。上には洗濯物が干してあって……」とか、とにかくどれもこれも画面に情報としてはっきり現れているものばかりなんですよ。

 願わくはそういった一人語りは極力抑えて頂き、見る人に自由に想像を羽ばたかせる余地を残してほしいんですよね。でもって、例えばこの路地の石畳はちょっと凸凹して歩きにくいとか、食べてみた料理の味が辛いとか、画面では伝わりきらない部分だけ、オーバーなリアクション的演技は極力排しながら伝えてくれたらなと*1

 個人的には、ナレーションを一切排した環境ビデオみたいにして、街の喧騒とか犬の鳴き声とか人々の声*2だけを延々流してくれたらいいと思うんですけど、まあこれは老若男女が視聴するNHKの番組ですから、そこまでは求めますまい。というわけで一度音声を消して見てみたんですけど、これは全然面白くないです。う〜ん。まあナレーションを楽しむ方や音声だけを聴いて楽しむ方もいるんでしょうけど、せめてナレーションつきバージョンと、環境音だけのバージョンのどちらかを選べるようになったりしないかな。

 ……というような意見をNHKのウェブサイトにも送りましたが*3、ま、当然なしのつぶてでした。私みたいに考える人はごくごく少数だと思いますけど、でもってこれからも楽しみに見続けるつもりですけど……今年はナレーター諸氏に、ぜひ抑制の効いたナレーションをと願っております。

*1:過剰なナレーションも、ナレーターに「話芸」があればまだ我慢できます。その人と一緒に旅をしたら楽しいだろうなと感情移入できますから。桂文珍氏と矢崎滋氏のナレーションは面白くて好きです。

*2:字幕つきで。これは実際そうなってます。

*3:テレビ局に投書なんて生まれて初めてです。