インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

通翻訳者をないがしろにすると国益を損なう

これまでにも何度かブログでご紹介したことがありますが、逐次通訳(ちくじつうやく)を「遂次通訳(すいじつうやく?)」と書くエージェントさんからまた一斉メールでお仕事のオファーが来ました。

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このエージェントさん「X社」はすべての案件を最初から「確定案件」としてオファーを出すのが特徴です。現在ほとんどのエージェントさんが最初まず「仮案件」としてオファーを出し、クライアントが相見積もりを取ったり入札に書けたりして失注すると、その案件は「リリース」となって予定していたお仕事が消え、基本的には(よほど直近でもない限り)補償はありません。

ところがこの「X社」は最初からすべて確定案件。とはいえ、一斉メールでオファーを出しているわけですから、複数の通訳者が手をあげますよね。でもこの「X社」は採用した人以外には返事を出さないのです。つまり、採用されなければいつまでたっても、極端な話、お仕事の当日まで返事がないわけですから、こちらは仕事の予定が立ちません。「今回は残念ながらお仕事をお願いできません。今後のご活躍をお祈り申し上げます」的な「お祈りメール」すらくれないのです。

オファーメールの最後は、こう締めくくられています。

より多くの案件を皆様にご紹介するために、案件への適性上、お仕事をお願いする可能性の高い応募者の方にのみお返事を差し上げております。 全ての応募者の方にお返事を差し上げられない非礼をお詫びするとともに……(略)

まさに「非礼」だと思います。私はずいぶん前にこの「X社」から一度だけお仕事を頂いたことがありますが、その時は通常のオファーと同じような形式でしたし、担当者もとても常識的な方でした。ところがその後この「一斉メール」形式に変わってしまったのです。

これは推測ですが「X社」はクライアントへの営業スタイルを変えたのでしょう。つまりクライアントに対して「相見積もりにはせず、最初からうちに仕事をください。そのかわりレートは格安にいたします」といったような営業をかけているのではないかと。

この方式だと、クライアントは格安で発注でき、エージェントは確実に仕事が取れます。そのぶん、しわ寄せは通訳者に向かうというわけです。理想論かもしれないけれど、本来クライアントとエージェントと通翻訳者は対等であり「持ちつ持たれつ」であるべきだと思います。でも現状は、個々の通翻訳者だけにとても不公平な業界になりつつあります。

こんな「非礼」、いや「非道」は中国語通訳業界だけなのかしら、と思っていたら、Twitterで英語の通訳者さんからこのようなリプライをいただきました。

なんと、英語通訳業界まで。しかも一斉メールに加えて、案件が羅列されており、できる案件に手をあげろ……とは。こうしたやり方が通訳業界全般に広がっているということでしょうか。エージェントと通訳者の信頼関係はますます失われて行きそうです。そしてこうした「安かろう悪かろう」は回り回ってクライアントの不利益にも繫がる。

みんながアンハッピーになる道を突き進んでいるような気がしますが、「ほぼ単一言語国家」のゆえか、本邦では外語や異文化との往還に緊張感や危機感、また逆に豊かな可能性を見出していない方が——それも大企業や官公庁の方々でさえ——多いように感じます。端的に言って異文化や異言語の人たちとつきあう際の「脇が甘い」のです。

どの業界も経費削減の声かまびすしい昨今。懐具合の厳しい現状は理解できなくもありませんが、だからといって個々の通翻訳者をあまりないがしろにすると、それは回り回って国益を損なうんじゃないかとさえ思います(国益なんてナマな言葉はあまり使いたくはないですけど)。単純に「安かろう悪かろう」の通訳や翻訳で被る不利益の他に、現役の通翻訳者が業界を離れて行き(食えないから)、次の世代の通翻訳者も育たないという未来を招くからです。

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https://www.irasutoya.com/2016/07/blog-post_4.html
▲「いらすとや」さんって、本当に多種多様なイラストがありますね。