インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

通訳というおしごと

関根マイク氏の『通訳というおしごと』を読みました。通訳業界の現状、通訳者としてのデビューからステップアップ、現場での心構え、通訳者のセカンドキャリアまで、通訳の語学としての側面よりも「おしごと(業務)」そのものにスポットをあてて書かれた一冊です。語学のお仕事を志す学生さんが読むのもおすすめですが、何より現在通訳学校に通っておられる方々にいちばん重宝される内容ではないでしょうか。

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通訳というおしごと アルク はたらく×英語シリーズ

この本で紹介されているのは、実際に通訳者として稼働している方、あるいは通訳業界で働いたことがある方には自明のことばかりです。でもこうした「常識」こそが、実は業界の外にいる方にはなかなか理解してもらえないことでもあります。その意味で、通訳業務を依頼する立場にある方々にも、いうなれば「通訳者のトリセツ」的な意味合いで読んでいただきたいと思いました。

一方で、この本は主に英語通訳業界を念頭に書かれていますから、他の言語の情況とは異なる部分もあるかもしれません。例えば、キャリアを積んでいく過程で自分の専門分野を絞り込んでいくというようなことは、案件(仕事)の数が圧倒的に多い英語だからこそできるのかなとも思いました。

AIなどの技術が日進月歩で新しくなっていく今後における通訳者の「生き残り術」や「撤退」の仕方についても言及があります。その内容にはとても共感する一方で、関根氏のこうしたお話を読んでいて、私はやはり通訳業界における「二極分化」について一層その思いを強くしました。それは最終章の一節「コモディティ化する通訳の現在」に引用されている、ここ十年ほどにおける通訳レートの推移にも如実にあらわれています。

確かな技術を持ついわゆるAクラスの通訳者は、一〇年前とほぼ変わらないレートを維持していますが、それ以外のクラスはこの一〇年で最大約2万円/日も下落しています。

つまりこれは、一部の「ハイエンド」の通訳者はこれからも生き残っていける、いや、ますますその必要性は高まる可能性すらあるけれども、それ以外はどんどん食べるのが難しくなっていくということだと思います。関根氏も「通訳者は関東だけで何百人といますが、本当に優秀な通訳者は常に不足気味なのです」とおっしゃり、特に繁忙期の年末などは「文字通り『忙殺』状態です」とのこと。

もちろん通訳業務には様々な業界での様々な稼働状況がありますし、この本でも解説されているように「インハウス」「エージェントの専属」「フリーランス」といった雇用形態によっても違いはあります。ただインハウスは昔から「語学屋さん」の呼称が示すように「基本的に昇給しない」(と関根氏も書かれている)立場。また仕事のパイがそこまで大きくない中国語の場合、エージェントの専属というのはごくごく僅かでしょうし、フリーランスフリーランスで、翻訳に引き続き通訳も価格破壊や経費削減の波に襲われつつあります。

この本には、現在多くの通訳者を悩ませている「仮案件&リリース」の問題についてはあまり多くの言及がありません。関根氏ほどのハイエンド通訳者にとってはそれほどの大きな問題ではないのかもしれませんが、この問題は通訳者とエージェントの信頼関係にも深く影を落としており、今後フリーランスでの稼働はますます厳しいものになっていくのではないか(少なくとも英語以外は)と私は考えます。

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特に昨今のような「自粛」で経済全体が冷え込みつつある時にはなおさら。ちょうど私は来週、中国語の通訳者として稼働したいかた向けに「入門編」となるようなお話をしてほしいと依頼されているので、関根マイク氏のこの本をぜひ紹介しようと思っています。そしてまた、「ハイエンド」を目指そうとする方を心から応援する一方で、厳しい現実も踏まえ、無責任に不確かな夢ばかりを語るのは慎まなければと考えています。