インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

ローンで家は買えませんでした

いま、東京都の世田谷区に住んでいます。持ち家ではなく、賃貸のアパートです。ここを選んだのは、単純に私と細君の職場から均等に近かったこと、毎月の家賃がうちの家計状況に照らして見合っていたこと、部屋の大きさ(狭さ)の割には収納が多かったこと……などを勘案した結果です。

ところが、住み始めてからのここ三年ほど、「世田谷区に住んでいます」というと「へええ、それは羨ましいですね」とか「高級住宅地ですよね」などとおっしゃる方がとても多いことに気づきました。確かに世田谷区にはいわゆる「高級住宅地」と呼ばれるような場所もありますが、私のアパートの周辺はハッキリ言って、いたってフツーの住宅街です。

それどころか、最近「この街は大丈夫なんだろうか」と思うことがよくあります。私は健康のために家から数駅ほど歩いて電車に乗ることや散歩をすることが多いのですが、その間に目にする住宅の中には、明らかに人が住んでいる気配のないものがけっこうあるのです。雨戸がいつも全部閉まっていたり、門扉が施錠されていたり。そういえば、街にも近くのスーパーにもお年寄りの姿が目立ちます。要するに街全体がどことなく高齢化しているような印象があるのです。もちろん若い方や子連れの方がいないわけではありませんし、むしろ空き家の多さを意識し始めてから改めて観察したがゆえの「認識バイアス」がかかっているのかもしれませんが。

先日、都内某所で参加した対談形式の講演会で、講師の先生がおっしゃっていたひとことが印象に残りました。いわく「私たちが若い頃は(この講師はだいたい還暦前後だと思います)、大企業に入って、バリバリ稼いで、世田谷あたりにマイホームを持つのがひとつのステイタスだったんですよね」。なるほど、さするにいわゆる「団塊の世代」の方々が、高度経済成長期にこぞって世田谷に家を求め、その世代がそのまま持ち上がるような形で住み続け、家が古くなり、亡くなる方が増え始め……その結果、街の空き家とお年寄りの割合が高くなっている、ということなのでしょうか。一時期、郊外の大規模団地で進んでいると話題になった住民の高齢化が、都心近くの住宅地まで広がってきたということなのでしょうか。

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https://www.irasutoya.com/

ここに、世田谷区が2016年に策定した「第三次住宅整備後期方針」という資料があります。詳細はリンク先にあたっていただきたいですが、資料のひとつに同区の「空き家率」の推移があって、それによると世田谷区の空き家率は緩やかな上昇傾向にあり、2013年の段階で約10%。東京23区全体の11.2%よりは低い数字ですが、それでも10軒に1軒は空き家になっているとのことです。

www.city.setagaya.lg.jp

ここには集合住宅も含まれていますから、私が通勤や散歩の途中で目にする「明らかな空き家」的一軒家の多さを直接裏づけるものでもないでしょうけど、それでも正直、人口減少に転じた日本でもいまだ人口の微増が続いている東京都の、かつてはマイホームを持つことが「ステイタス」とまで言われたこの世田谷区でもそんなに家が余っているのか……と、個人的には少々驚きの数字でした。

私は若い頃から長い間収入が安定していなかったので、マイホームを買うことなど夢にも考えませんでした。加えて、昨日のエントリでも書いたように、簿記の初歩で学んだ資産と負債の考え方を用いれば、少なくともこの日本という国の東京という都市でマイホームを買うことが、割に合う出費だとはまったく思えなかったということもあります。

欧州などでは、家が資産となって親から子へ、子から孫へと引き継がれ、その歴史が積み重なるほど資産価値が増すという文化が一部にあるようですが、この地震大国日本で(しかも関東地方は過去の周期を大幅に超えて「次」の大地震がまだ来ていません!)、しかもこれだけ社会の価値観や人々の働き方や世界の情勢が揺れ動く中で、不動産を買うという発想がどうしてもできませんでした。

もちろん不動産は自分で住んだり使ったりするだけでなく、他人に貸すこともできます。人生のあり方は人それぞれで、仕事の形態や家族構成など様々な要因で家や土地を買うこともあるでしょう。それでも新築時から資産価値は急速に落ちる一方で上がることはまずないのがここまで明らかなのに、マイホームを、未来の数十年というスパンを見越してローンを組み、買うなどということは私にはできなかったのです。即金で買えるほどお金を持っていたら、あるいは購入したかもしれませんけど。

昨日ご紹介した『お金で損しないシンプルな真実』という本には、「『家を買うかどうか』は投資の観点から考える」という一章があり、そこにはこう書かれていました。

不動産屋はよく、「家賃はいくら払っても、何も自分のものにはなりません。でも購入すればローンを払い終わった時、この物件があなたのものになります」などと言って家の購入を迷っている人の背中を押します。よく使われるセールストークですが、「自分のものになる」という点を過大評価しないように注意しましょう。

そして、いくつかのリスクを指摘します。

・ローンの返済を将来何十年にもわたり続けることができるのか。
・新築から古物件へと価値が下がり続けていく事実。
金利や諸経費を含めると、実際の購入額よりもかなり余計なお金が必要になること。
・家族の事情や自分の働き方が大きく変わる可能性。
・人口減少時代に入った日本では、不動産への投資が「需要と供給」の観点からは非常に不利な勝負になること。

この本の筆者は家を買うという選択を完全に否定はしていませんし、もとよりこれは個人の価値観の問題でその方の自由でもありますが、「世田谷に住んでいる」と言った時の周囲の反応と日頃何となく気になっていたご近所の空き家の多さというギャップから、以上のようなことをつらつら考えました。

こちらに、TEDxTokyoで堀江貴文氏が話している映像があります。ここでのトークすべてに共感するわけではありませんし、特に最後は「なんだこれ?」的な感想を持ちましたが、堀江氏が人生の中で何にお金を使うかを極端すぎるほどの例で提示している部分にはそれなりの説得力があると思いました。


イノベーションを生み出す仕組み

上記の本にはこうも書かれています。

不動産の購入は、株式投資で言うと、ある土地に立っている家という1つの銘柄に、何千万円もの資産を、全額投資することと同じです。しかも、自己資金が1000万円しか無くても、住宅ローンによって、たとえば5000万円という額を投資することになります(「レバレッジをきかせる」、と言います)。株式投資で言うなら自己資産の何倍もの信用取引に相当します。

これ、かつてFXでレバレッジをきかせることで大金を「すっちゃった」ことのある私には、とても耳の痛い記述です。

「持ち家か、賃貸か」でかつて友人や同僚と激論を交わしたことが何度かあり(なにやってるんだか)、その際には必ずといっていいほど「家賃はいくら払っても、何も自分のものにはなりません」的な反論に遭い、正直自分でも煮え切らないものを感じていたのですが、このトシになって、そして先日、昨年亡くなったお義父さんの持ち家を不動産鑑定士さんにお願いして売りに出した結果を見て……ハッキリと答えが出たように思います。