インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

「カネの話は汚い、はしたない」と決めつける前に

山崎元氏の『お金で損しないシンプルな真実』を読みました。題名が題名ですし、装幀も薄くて活字が大きい割には大仰なハードカバーで、とかく「カネの話は汚い、はしたない」と考える方々は手に取りにくいかもしれませんけど、いやいや、健全なお金のリテラシーを身につけることができる、とても有益な本でした。全世代が参考にできますが、特に若い方には心からおすすめです。


人生を自由に生きたい人はこれだけ知っていればいい お金で損しないシンプルな真実

なぜとくに若い方におすすめかというと、そもそもお金とは何か、社会に出て稼ぐということ、稼いだ結果手にするお金の本質、そのお金をどう理性的に使うかなどについて、この本には簡潔にまとめられているからです。

私たち日本人は、とかくお金の話を正面切ってしたがりません*1。本音ではお金に執着していても、積極的に語るのはどこか「はしたない」とする心性が強いのではないでしょうか。かくいう私もそうでした。「お金に頓着しないのが上品」というスタンスを根拠なしに信奉していたのです。でもそれは裏を返せば、お金に対するリテラシーの欠如ともいえます。

私は何度も転職して、失業したことも何度かあり、収入はそのたびに乱高下を繰り返してきました。分不相応なほど稼いだ「バブリー」な時期もあれば、貯金がゼロで、駅から会社に向かいながら「この通りを歩いている人々の中で自分がいちばんお金を持っていないだろうな」などと自虐的な悲嘆にくれていた時期もありました。そんな中、ある職場で、その会社の命令で簿記の資格を取らせてもらったことが、とても勉強になりました。

簿記の資格といっても、日商簿記三級といういちばん易しいものですが、それでも貸借対照表損益計算書のイロハを学べたことは、お金に対するリテラシーの基礎の、そのまた基礎を築いてくれました。結局その職場からは、ほとんど解雇のような形で去る結果になりましたが、簿記を学ばせてもらったことはいまでも感謝しています。

簿記を学ぶと、自分の人生におけるお金の動きに対して、それが自分にとってどういう意味を持つのかを考える「拠り所」ができます。例えばマイホームや車を買う時、それが果たして「資産」なのか「負債」なのかを、その時の自分のお金にまつわる状況、長期的な展望を加味しながら考える……といったような癖がつくのです(もっとも、そういう癖を自覚したのは、資格を取ったあとかなり経ってからでしたが)。

私はこの「癖」に従って、マイホームは買いませんでした(買えなかったともいえますが)。車も、家族の介護などがいらなくなった時点ですぐに手放しました。闇雲に入っていた保険を見直して、最終的にすべて解約しましたし、結婚した時に細君が抱えていた返還義務のある奨学金をすぐに返すよう勧めましたし、長い目で見れば厖大な出費になると判断した固定費をできるだけ減らすように心がけてきました。こうした行動は特に明確に意識してというほどのものでもなかったのですが、振り返ってみれば簿記に教えられた思考方法が後押ししてくれたものではないかと思います。

上記の本には、「借金はできるだけしない」「保険はできるだけ節約しよう」「『家を買うかどうか』は投資の観点から考える」といった、個人的にはとても共感できる内容の記述がたくさん含まれています。加えて、運用に関して、特に運用のプロ(銀行や証券会社など)による恣意的な誘導に対する注意喚起、ギャンブルと依存症の問題、アラフォー・アラフィフからのセカンドキャリア、ひいては近未来におけるお金のありようまで、よくこの薄い本にまとめられたものだなあと驚く充実の内容です。

qianchong.hatenablog.com

特に若い方へおすすめしたいのは、冒頭すぐに登場する、この記述。

私は、大学生が勉強ではなく、部活やアルバイトに時間と体力を費やすことに対して、疑問を持っています。

大学時代、まさに部活やアルバイトに「ばかり」時間と体力を費やしていた私が言っても説得力ゼロですが、山崎元氏の主張は「教育に対する投資は、より早い時点で行う方が有効」という点。「投資」とか「有効」とか言っちゃうとなんだかまた「カネの話は汚い、はしたない」的な心性がうずきそうですが、つまりは「きちんとお金を稼いで、それをどんどん社会に還元しよう」ということ。

低賃金のバイトを、時間や体力を浪費しながら積み重ねても、結局は企業のみが得をして自分が得られるものは(皆無とはいいませんが)少ないのです。それより、学業に励んでより価値のある人材になり、たくさん稼いでそれをどんどん社会に還元した方がよい*2

人生はつねに不可逆的ですから、自分でも何とももどかしいですが、若い頃の自分はこうした理屈を理解しようとしませんでした。でも、いまではその意味がよく分かります。この本の副題には「人生を自由に生きたい人は……」とあります。そう、根拠もなく頭から「カネの話は汚い、はしたない」と決めてしまわず、より自由な生き方を目指すためにもお金のリテラシーを育むべきだと思うのです。特に若い方にこの本をお勧めするゆえんです。

*1:と一般化してしまうのは乱暴かもしれません。例えば東京の人はそうでも、関西の方はけっこうお金に素直だという気はします。

*2:ただ、筆者もきちんと補足されていますが「お金をたくさん稼げるからといって、その人が人間的に偉いわけではありません。価値のある人材であることと、人間として尊敬できるかどうかはまったく別のことです」。