インタプリタかなくぎ流

いつか役に立つことがあるかもしれません。

しまじまの旅 たびたびの旅 27 ……ムーミンとムラカミ推し

先般、大学入試センター試験で「ムーミン」を扱った問題が話題になっていました。

mainichi.jp

ヘルシンキでは、当然のようにムーミンがそこここで見られました。テレビアニメもムーミン(かつて日本で作られたものではなく、オリジナルのようです)、お土産ものもムーミン

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市内最大(らしい)のアカデミア書店でも、ムーミンコーナーが大充実。

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センター試験では、ムーミンフィンランド語を結びつける選択がいちおう正解だったそうですが、ムーミンの作者トーベ・ヤンソン氏は、この作品を母語であるスウェーデン語で書いているんですよね。Wikipediaにあたってみたら、氏は「フィンランドヘルシンキに生まれたスウェーデン語系フィンランド人」だそう。お隣さんとはいえ、スウェーデン語はインド・ヨーロッパ語族で、フィンランド語はウラル語族だそうですから、まったく系統の違う言語です。

トーベ・ヤンソン - Wikipedia

書店では、大好きな『ムーミン谷の彗星』を買いました(読めないけど)。右側がオリジナルのスウェーデン語版。左側はフィンランド語版で、見開きには“Suomentanut”の文字があります。“Suomiスオミ)”がフィンランド語のことだから、たぶん「フィンランド語への翻訳」という意味なんでしょう*1

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ムーミンフィンランドを代表する作品群ですけれど、そのオリジナルはスウェーデン語だというのは、フィンランドの方にとってはちょっと複雑な気分になりはしないですかね。そういえば、書店でいろいろと見て回っていて分かったのですが、フィンランド語の本と同じか、むしろそれより多いくらい並んでいるのは英語の本でした。

ヘルシンキでは、どこでも英語が通じました。社会全体の成り立ちとしても、書店の棚からも、もはや英語抜きではまわっていかないというフィンランドの言語事情をほんの少しだけ垣間見た気がしました。このあたり、ほぼ単一言語で高等教育までまかなえてしまう日本の私たちには想像が難しい部分だと思います。

もちろん、フィンランドでもフィンランド語による高等教育は行われてはいるそうです。その点では、植民地支配の結果、英語がかなりのステイタスを持ってしまったフィリピンやインドなどの国々とは状況が違うと思います。むしろ、言語の系統からは遠く離れた英語をここまで教育して使えるようにし、一方で母語フィンランド語もかなりの存在感を残しているというこの国のあり方には、日本の私たちもいろいろと学ぶべき点があるかもしれません。

ところで、私はささやかな趣味として、海外の旅先では村上春樹氏の翻訳本を買うのを楽しみにしています。いちばん好きな『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の各言語版を集めているのです。今の時代、ネットで探して注文すればすぐに手に入るでしょうけど、旅先で書店を探して文学の棚を渉猟しながら、見つけることができたら買う、なかったらあきらめる、というのが楽しい。ほかにも、意外な作品の翻訳版が見つかったりしますし。

……が、このヘルシンキ最大の書店には英語版の村上作品しか置かれていませんでした。英国で出版されたものです。もしやと思ってその場で「ぐぐって」みると、村上春樹作品はまだあまりフィンランド語に翻訳されていないとのこと。フィンランド語版があるのは、フィンランドが舞台の一部になっている『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』くらいだそうです。

英語版は持っているので購入をあきらめ、スーツケースを預けてあるヘルシンキ中央駅のコインロッカーに向かう途中、駅の小さなブックコーナーを見つけて入ってみました。すると……おおお、これはフィンランド語版の『世界の終わりと……』じゃないですか。なんだ、あるじゃない! なんという僥倖。

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この小さなお店は、手作りのポップまで作って「ムラカミ」推しでした。ほかにもフィンランド語版の村上春樹作品がたくさんあります。ネットでの調べ方が甘かったですね。

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う〜ん、日頃学校の生徒さんたちには「Googleの検索結果を過信しちゃダメです!」などと言っているのに、自分がその轍を踏んであやうく買いそびれるところでした。いや、いい教訓になりました。

*1:試みにGoogle翻訳にかけてみたら「翻訳」とだけ出ました。