インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

フィンランド語 90 …「文法訳読」が楽しい

フィンランド語の先生が「フィンランド語の文章は、『簡単/難しい』という区別がなく『できる/できない』という区別があるだけです」と言っていました。とにかく語形の変化が激しいこの言語は、どんなに単純な文章であっても規則通りに変化が起こり、その意味では子供向けの文章であろうと、大人向けの文章や学術書であろうと、同じだと。

その一方で、そうした語形変化を起こしている規則を理解していなければ、それがいくら子供向けの易しい本であっても読めないと。なるほど。もちろん語彙の専門性や難解さに差はあるのでしょうが、とにかく規則(=文法)を理解していないと、語形が作れない。語形が作れなければ、読めない、話せないということなんでしょうね。その意味では、私たちが語学でよくやる「まずは子供向けの絵本などから読んでみよう」というのがフィンランド語ではあまり有効ではないようです。初手から普通の大人向けの本を読んでも、語形変化の多様さという点で、その読解のハードルは絵本となんら変わるところがない。

というわけで、私たちは毎週の授業で、えんえん文法事項を学びながら、ひたすら読解を続けています。会話練習はまったくありません。昨今きわめて評判の悪い「文法訳読」の世界そのもの。こんなに学んできているというのに、まだ大したことを口頭では話せませんし、リスニング力もお寒い限りです。他の言語の一般的な語学教室だったら「お金返せ!」の世界かもしれません。いや、実際そういう授業に飽きてしまうのか、辞めてしまう人もけっこういます。文法訳読が「できる」ようになるための学習ばかりやっているのですから。

それでもいま私が通っている教室のメンバーは、毎週もくもくとこの文法訳読を続け、けっこう楽しそう。私も楽しいです。そしてそういうメンバーが固定してきました。これはたぶん先生の「フィンランド語は語形変化こそその本質」とでもいうべき考え方に共鳴しているからだと思います(私もです)。文法を一通りさらって、なおかつ語形変化の規則を体に叩き込まなければ、話したり聞いたりすることがかなり難しい言語なんですね。

フィンランド語をはじめた当初は、「そのうち『ムーミン』の物語でも読んでみたいな」などと思っていました。でもトーベ・ヤンソンスウェーデン語系フィンランド人なので、同作のオリジナルはスウェーデン語なんですよね。さらに先生によると現地での『ムーミン』は、子供向けのおとぎ話というよりは、大人向けのかなり哲学的な内容の本だと認識されているよし。

フィンランドの書店で「これなんか易しそう」と思って買ってきた『Lasten oma aapinen』という子供のための童話集も、最初から大人向けの本同様に語形変化しています。当たり前ですけど、子供向けの本だから語形変化が少ない、なんてことはないんですよね。変化するものは、子供向けだろうが大人向けだろうが、必ず同じように変化するのです。

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いろいろ当てが外れました。そりゃフィンランド語にだって決まり文句みたいなのもありますし、それを暗記して口の端に登らせたりもしますけど、それだけじゃどうにもならない。語形変化が激しすぎるがゆえに、文の組み立てができるようになるまで、それも口頭でできるようになるためには、膨大な訓練が必要なようです。「悪魔の言語」と呼ばれるのも宜なるかな。でも、それが楽しいのです。

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