ずいぶん前に録画したままにしておいた番組を、先日見ました。NHKBS1の『中国と闘う風刺アート Badiucao』。オーストラリア制作のドキュメンタリーです(以下の文章には「ネタバレ」があります。ご注意ください)。
制作会社のトレイラーはこちら。
Trailer: China's Artful Dissident
覆面アーティストとして著名な巴丟草(Badiucao)氏。「覆面」といえばバンクシー氏がおなじみですが、巴丟草氏の活動はもっと緊張感がみなぎっています(比較することにあまり意味はありませんが)。それは中国(中華人民共和国)政府の価値観と真っ向から対立するためで、このドキュメンタリーからもそのヒリヒリするような緊張感が伝わってきました。
氏が一貫して取り上げる、中国の人権侵害や歴史の隠蔽について、特にその事実が中国の若い人たちに共有されなくなりつつあることに対する深い怒り。その怒りの一端は私のような者にも十分に伝わってきました。なにせ、私が関わっている仕事の現場でも、若い中国人の中には天安門事件を「リアルに」知らないという人がいたりするのですから。
中国政府に対して苛烈な批判を加える氏の素性をつかもうと、当局は様々な圧力をかけます。ドキュメンタリーの後半で、氏は香港での個展開催を計画するのですが、当局に素性を暴かれてしまいます。いまだ中国国内に住む親族への影響を心配しながらも、氏は覆面を取ってカメラに向き合うことを決意するのでした。その氏のどこか吹っ切れたような、深い諦念を湛えたような表情が印象的でした。
折しも中国ではコロナ禍で延期になっていた全人代が開かれていて、最終日の今日は言論の自由を制限して「一国二制度」を事実上形骸化すると言われている「国家安全法」の香港への導入が採択されると伝えられています。人の密集を避けさせる今回のコロナ禍は、香港の抗議活動を弱める方向に、言い換えれば中国政府にとって有利に作用していることは否めません。
私の知人で日本に住んでいる香港人の中には、この一連の流れのなかで精神的に追い込まれている人もいます。現地で抗議活動に参加したいけれども、日本での現在の暮らしも立てていかなくてはならないというもどかしさ。未来を悲観して日本でのセカンドキャリアを模索している人もいます。中には、極度に中国政府の介入を心配して、中国製のスマホは使わない、Zoom会議にすら出たくないという人もいます。Zoomは中国系アメリカ人の袁征(エリック・ユェン)氏が作った会社で、先日はこういう報道もありましたよね。
日本の私たちからすれば、ここは日本だし、どうしてそこまで……とつい反応してしまいそうな心性も、当事者にとっては決して揺るがせにはできない故あってのこと。正直に言って、私は常日頃から国外の政治に対してはあまり積極的に関与しない・関与できないと思っていて(それは第一義的に当事者の問題)、「いや、香港や中国や台湾の現在は明日の日本なのだ」といった物言い(特に嫌中のヘイトスピーチと紙一重の)にも与しないようにしている人間です。
むしろ自分の役割は、香港からも中国からも台湾からも一歩引いた日本という場所で、華人(チャイニーズ)のみなさんがよりフラットで幅広い視線を持てるように協力することだと思っている・思ってきたのですが、ここ数年の中国のありようを見ていると、もうちょっと別の、自分なりの関わり方があるのではないかと思うようにもなりました。もっといろいろな人に(華人も、日本人も含めて)学びたいと思いますし、「中国には恩がある」自分としては、自分なりの持ち場でできることをしていきたいと思います。