インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

「次の時代に生きていける」スキルって?

いつも拝見している、ちきりん氏のブログで、昨年末にこんな記事が公開されていました。

chikirin.hatenablog.com

中高年が大量にリストラされる時代がやってきたというのがお話の前提で、中高年の私には切実な話題です。ちきりん氏によれば、それは世界全体で構造的な「仕事の変化」が起こりつつあるからであり、ホワイトカラーに代表される「会社や上司から言われたこと=指示されたことを(できるだけ正確に、かつ素早く)やる」スキルが求められる時代から、「何をやるべきか=何をやれば価値があるのか? 市場は何を求めているのか?」を自分で考える必要のある時代へ移行しつつあるからだとして、こう結論づけておられます。

なぜなら次の時代に生きていけるのは、
・研究レベルの探究心を注ぎ込める専門性(博士号が最低限)を持てる人か、
・時代の波を見極めて、新しい価値を人に先駆けて認知していける人
のどっちかだと思ってるから。

確かに、コンピュータやIT技術の発展・進化がオフィスワークをどんどん変えつつあり、その意味でこれまでのようなホワイトカラーが必要なくなりつつある。だからリストラも大規模に行われつつあり、その動きは今後拡大・加速していくかも知れない……という懸念はよく分かります。要するに、これまでの歴史の中で何度か起こってきた働き方のパラダイムシフトがまた起こる、というお話です。

記憶がおぼろげなのですが、子供の頃好きだったアニメ『母を訪ねて三千里』に確かこんなシーンがありました。主人公マルコが家計を助けようと酒瓶を洗うアルバイトをしていたのですが、ある日突然その仕事がなくなってしまうんです。理由は「瓶を洗う機械」が発明されたからでした(YouTubeで検索してみたら、ありました)。産業革命の波がイタリアのジェノバにも容赦なく押し寄せていたんですね。

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https://www.youtube.com/watch?v=fWUGob48cA4

私自身も、かつて存在した写植や版下作成という仕事がDTPの登場で驚くほど短期間のうちになくなってしまったのを目の当たりにしました。ですから、今後多くの人々の働き方が従来の常識とはまったく違ったものになっていくかもしれないという危機感はよくわかるのですが、ただ、ちきりん氏のこの結論はやや大雑把にすぎるのではないかとも思います。

なぜなら、みんながみんなそういう選択を迫られる立場にあるわけではないし、またその必要もないのではないかと思うからです。これは「グローバル化」への対応とか、グローバル化に伴う英語習得の必要性を強調する論調にもよく認められるものいいなのですが、「バスに乗り遅れるな」とばかりに煽るこうした論調のほとんどは、広く多様なこの社会の状況をかなり単純化して捉えているように思います。

みんながみんな「時代の波を見極めて、新しい価値を人に先駆けて認知してい」こうとしたら、たぶん社会は機能不全に陥ります。「人に先駆ける」ということは、必然的に「先駆けられない人」をも生む。要するに「勝ち組・負け組」を生むということで、これは全員がゼロサムゲームのギャンブルに参加するようなものなんですよね。でも現実の社会には、私たちの暮らしを持続可能ならしめるための様々なルーチンワークが存在します。それらはまさに「会社や上司から言われたこと、指示されたことを、できるだけ正確に素早くやろう」と努力する多くの人々によって担われているのです。

グローバル化や英語学習についても同じで、この国ではもうかなり前から、まるでここ数年から十数年のうちに社会全体がグローバル化し(……って、どんな社会? 意味が曖昧すぎますが)、誰もが英語を駆使して仕事をしなければならないと思っているかのように、それらに対応すべく幼児期からのスキルアップに躍起になっています。確かにそういう人もある程度は必要でしょう。でもそれの何倍、何十倍という人々にも、これからも英語は使わないながらも担うべきたくさんの仕事があるのです。

広範な社会の現場には様々な人材が必要です。まして人には向き不向きも、好き嫌いもある。社会の隅々で、様々な役割を果たせるような多様な人材を育てていくことこそ教育の目的だと思います。その意味で、幼児期から英語だ投資だプログラミングだと、豊かな教養や情操の涵養そっちのけで教育をいじりまくることに私は強い懸念を覚えます。多様な人材はそうした個別具体的な目的一辺倒の教育からは生まれてこないと思うからです。

qianchong.hatenablog.com

みんながみんな、新しい価値を人に先駆けて認知し、英語を駆使して世界中を飛び回らなくていい……というか、そんなことは不可能だし不必要でもあります。もちろん一部の成功者だけが「総取り」をするような仕組みに歯止めをかけ、格差を是正することは必要です。だからといって「次の時代に生きていける」スキルはこれとこれだけ! と断じるだけでは、大きなものを見落とすのではないでしょうか。冒頭に載せた記事を読んで、そんなことを感じました。