私が勤めている学校では、語学教育や通訳翻訳訓練の際、生徒がパソコンを使う授業が数多くあります。そのためにノートパソコンがずらっと並んだ「パソコン教室」や、「CALL(Computer Assisted Language Learning)教室」などがあり、授業で用いる他に、生徒の課題制作や自習用にも使われています。このご時世ですから授業や課題制作や自習にはネット検索が必須。というわけで、それぞれのパソコンはもちろんインターネットに接続されています。
ネットに接続するパソコンが多数あるということで、学校では「サイバーセキュリティの強化」に乗り出しました。これまでは生徒がどのパソコンを使うかはまったくの自由で、授業ごとにそれぞれがパソコンを立ち上げて使ってきました。小中学校などと違い、各自固定の席があるわけではないからです。ところが、これからは毎回の授業のたびに生徒に名前と学籍番号を入力させ、いつ誰がどのパソコンをどのように使ったのか、ログを取って記録・保存するということになりました。
う〜ん、ただでさえ授業時間が短く、それも起動がクソ遅い(おっと、失礼)Windows機だというのに、さらにルーティンの作業が増えることになります。正直面倒くさいなあと思いましたが、これは学校の方針というよりも、お上(文部科学省)からのお達しに沿った措置のようです。すでに昨年から「国立大学法人等における情報セキュリティ強化について」とか「公立大学等における情報セキュリティ対策の強化について」とか「私立大学等を設置する学校法人等における情報セキュリティ対策の強化について」という通知が同省から出されているそうで、今年になってさらに「大学等におけるサイバーセキュリティ対策等の強化について」という通知が出されました。
「国立大学法人等」→「公立大学等」→「私立大学等を設置する学校法人等」→「大学等」と、「等」がやたらに目立つ通知ですが、どんどん「対策の強化」の範囲が広げられてきたわけですね。うちの学校は専門学校なので、最後の通知にある「大学等」という一番大きなくくりに含まれているのでしょう。それで学校側も「対策の強化」に乗り出さざるを得なくなったというわけです。
私自身は、サイバーセキュリティの強化はまあ必要なのかなと、その趣旨については理解できます。ただ、通訳翻訳訓練では一人の生徒が特定の一台のパソコンを使うというシチュエーションだけではなく、二人でお互いの音声を聞きあったり、グループで字幕を作ったり、様々な利用方法のバリエーションがあります。要するに、単にいつ誰がどのパソコンを使ったのかログを取れといってもそう簡単ではないんですね。加えて、CALL教室ではどの教師がシステムを使っていたのかもすべてログとして記録に残されることになりました。
う〜ん、これもなんだか気持ち悪い。どんなサイトを閲覧したかとか、どんなサイトを留学生に見せたり紹介したりしているのかとか、いちいち記録が残るのかしら。いや、まあ別にやましいことをしているわけじゃないから、自分のログが記録されてもいいんですけど……。
https://www.irasutoya.com/2018/05/blog-post_28.html
なんとなく腑に落ちなかったので、当の「大学等におけるサイバーセキュリティ対策等の強化について」という全15ページにわたる「通知」の写しを入手して熟読してみました。そこで分かったのは、この通知の趣旨がハードウェアの盗難やソフトウェアに対するサイバー攻撃等に焦点を当てており、特に「我が国の防御力・抑止力・状況把握力の強化として、科学技術競争力や安全保障等に係る技術情報を保護するため、先端的な技術情報等を保有する大学等に対して、サイバー攻撃による当該情報の漏洩を防止するための取り組みを促すとともに、文部科学省が支援する」ことを主眼としている、ということでした。
なるほど、そういう最先端の研究施設に対する施策を、「大学等」というひとことで私たちのような「末端」の専門学校にまで広げて適用しようということだったんですね。お達しを出す方は「大学等」のひとことだけでいいですけど、そのひとことで教育現場の末端にいる私たちにはさらに教育とはあまり無関係そうな事務作業がどぉんと増えてしまいます。それでも、うちの学校など小規模ですからまだマシですが、規模の大きな学校現場は大変なことになっているんだろうなとお察し申し上げる次第です。
諸外国でも同様の対策は取られているようですし、その意義はよく分かるのですが、「科学技術競争力や安全保障等に係る技術情報」や「先端的な技術情報」とは縁遠い留学生の語学学習の現場にも、本当にこれらの措置が一律に必要なのかなあと思いました。こういうときは、中国で庶民の人口に膾炙していることわざ“上有政策下有対策”が役に立つのかもしれません。