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しまじまの旅 たびたびの旅 106 ……縮み行く日本のお手本として

フィンランドを旅行したのは二度目で、特に夏のフィンランドは初めての体験でしたが、いろいろ「いいな」と感じる部分がありました。もちろん、そうはいっても「隣の芝生は青い」の諺通り、とかくよそ様の国度はよく見えがちですし、旅人ならではのノスタルジーも多分に含まれてしまうことは分かっています。

また私のような外国人はお金を払って快適な旅を手に入れているだけで、実際にそこに住んでみれば、特に社会的に必ずしも恵まれているとは言いがたい立場で住んでいれば、また様々な問題に直面するであろうことは想像できます。さらに冬の雪や氷に閉ざされたフィンランドにはこの季節とは違った大変さが(その反対に魅力も)あるのでしょうけど、とりあえず今回の旅行で感じたことを記しておこうと思います。

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涼しい

昨年は北欧諸国にも前例のない猛暑が襲って、元々エアコンなどの設備がない(そもそも必要なかった)ために大変だったという話を留学生のみなさんから聞いていました。それで少々身構えていたのですが、実際には本当に涼しく湿度が低くて快適な気候でした。むしろ日によっては寒いくらい(日本の秋から初冬ぐらい)で、慌てて上着やセーターなどを買い込んだほどです。

特に、湿度が低いというのは、毎年東京の猛暑と湿気にうなされている私としては本当に快適に思えました。湿度が低いからか、空気が澄み切っていて、白くかすんだ感じがまったくないため、ものの輪郭や風景が遠くまでハッキリ見えるのです。コントラストがとても強いというか。この爽やかで透き通ったような空気感はどこかで味わったことが……そう、中国の哈爾濱(ハルビン)を夏に訪れたときと同じような感覚がしました。

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人が少ない

いわゆる夏のバカンスの季節だったからなのかもしれませんが、とにかく人が少ないです。田舎は言うまでもなく街の中も。首都であるヘルシンキ市内はさすがに観光客も加わって人が多めですが、それでも普段東京で朝から晩まで人混みにもまれて暮らしている私からすると、驚きの人の少なさです。人が少ないというのはこんなにも快適なものなのかと改めて感じました(自分もその人のひとりではあるのですが)。世界でいちばん人口の多い国や、人口密度の高い国ばかりお付き合いしてきたので、この開放感はまるで別の星に来たかのようです。

満員の電車やバスがないことはもちろん、街全体に人の気配がとても希薄で、騒々しさとはほとんど無縁です。これが清涼な気候と相まって、ストレスの少ない環境を作り出してくれます。駅や車内などのアナウンスもほとんどなくて、あっても次の駅名くらいだというのも(これはフィンランドに限りませんが)、普段過剰なアナウンスの洪水の中で暮らしている身からすると夢のように静かな環境でした(長距離列車では挨拶みたいなアナウンスもありました)。

人が少ないからでしょうか、車の数も少ないです。今回はレンタカーで都会から田舎まで走り回りましたが、タンペレのような大きな街でさえとても車が少なく、田舎に至っては前後にまったく車が見えないとか、五分も十分も対向車とすれ違わないとか、とにかく車が少なくて運転のストレスもほとんど感じませんでした。もちろん渋滞というものにも一度も巻き込まれませんでした。

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相互尊重

これもフィンランドに限った話ではないのですが、お店の入り口などで前の人がドアを開けたまま待ってくれるとか、横断歩道ではほとんどといっていいほど車が止まってくれるとか、どんなお店に入っても笑顔で対応してくれるとか(スーパーやコンビニなんかはさすがに別でしたが)、なにかこう人々がお互いにお互いを尊重する気風が感じられました。内心でどう思っているかはもちろん分かりませんが、少なくとも表面的にイライラした対応とか、民族差別的な対応などには一度も接しませんでした。

またこれは別のエントリで書きましたが、観光地でのゴミの少なさにも驚きました。街中もそこそこきれいですが、ただ、タバコのポイ捨てはけっこう見かけました。またヘルシンキの中心部はさすがに乱れた感じの場所もありますけど、それでも全体としてとてもきれいな、というか秩序の取れた街のたたずまいに感じられました。私はこうした様々な社会の側面にも、人々の相互尊重とでもいうべき精神を感じます。なにかこう、社会をよきものとして維持しようという人々の意思みたいなものが通底しているように感じられたのです。

電車内におけるベビーカーや自転車の置き場所がかなり広く取られていること、犬などのペットとともに電車に乗れることなども、相互尊重のひとつの表れのように思われました。一度など私はベビーカー置き場に立っていて、そばにいた男性から「あのベビーカーに場所を譲ってくれる?」とやんわりたしなめられました。こうした場所を作ることができたり、それをみんなが尊重できたりするのも、ひとつには人の少なさがそれを可能にしているのかもしれません。日本の特に東京などの大都市は人が多すぎて、こんなに「余裕」のある設定にはできないのかなと。インフラも、そして人の心も。

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合理的な仕事のありよう

これもフィンランドに限らない、というか日本が逆に世界の中でもかなり特殊なのかもしれませんが、都会も田舎も、お店の営業時間がとても短くて過剰な仕事をしていないように感じられました。コンビニであっても24時間営業などというところはほとんどありませんし、平日はともかく土日はもっと開いている時間が短くなります。もちろん夏の長い夕べを楽しむバーや飲み屋さんみたいなところは遅くまで営業していますが、そのぶん開業時間も午後や夕方からなどと遅いです。

公共交通機関も、早朝や深夜などは極端に本数が少なくなります。私はそれに気づかず、日本と同じ感覚で行動の予定を組んだりして、かなり焦った場面がありました。仕事の制服みたいなものも、警察などはさすがに統一されている感じですが、そのほかの職業はかなり自由な感じ。サラリーマンもみんながみんなダークスーツにネクタイなどということはないみたいです。

スーパーも人がいるレジの横にセルフ会計のレジが多く設置されていますし、レジ係の人も椅子に座っています。品物のバーコードを次々に読み込んで目の前のベルトコンベアに載せるだけ。あとは品物がだーっと流れていって客が自分で袋に詰めます。日本のスーパーのように、係の人が立ちっぱなしで、接客のためにしゃべりっぱなしで、買い物かごから精算用かごに一つ一つ品物を移すといった膨大な仕事が一切発生していません。こういう合理性は本当に素晴らしいなと思いました。

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もちろん閉口したこともあるけれど

そりゃフィンランドだって天国じゃありません。閉口したこともいくつかあります。そのひとつは路上というか屋外での喫煙率の高さです。老いも若きも男性も女性も、かなりの人がタバコを吸っていて、副流煙に悩まされることは日本の比ではありません(これもフィンランドに限りませんけど)。そのかわり屋内はどこでもきっちり禁煙が守られていて、日本のように禁煙といいつつ不完全極まりない分煙じゃないかとがっかりする、みたいなことは一切ありませんでした。

あと、食事はとてもおいしいけれど、私には塩辛すぎるかなと思うことが多かったです。加工食品も味つけの濃いものがけっこうあって、フィンランド人は塩辛いものが好きなのかなと思いました。日本でも中国でも北の地方は料理の塩味が濃いですが、フィンランドも北の国だから塩辛いものが好きという因果関係があったりするのかな?

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またこれは閉口というほどでもありませんが、場所によっては英語が通じにくいと感じるところもありました。まあこれは私みたいな中学校一年生レベルの英語話者に語る資格はないんですけど、フィンランドはどこでもほとんど英語で大丈夫かというと、そうでもないんだなというのが今回の発見のひとつでした。また逆に現地の方でもフィンランド語が苦手そうにお見受けする方もいました。

フィンランドの人口は増加傾向にあるそうですが、そのひとつの理由は移住者の増加なのだそうです。確かに街には多様な民族の人々が暮らしている様子でしたし、こう言っては失礼ですが比較的低賃金と見られるお仕事に従事されている方にはそうした移住者とおぼしき方々も多いようにお見受けしました。そういった方々はフィンランド語があまり得意ではないという状況があるのかもしれません。書店でフィンランド語の教科書など物色したときには様々な言語版(アラビア語対応のフィンランド語教科書などもありました)のものが売られていたのもそうした背景があってのことなのでしょうか。

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それにしても人口わずか550万のフィンランドが、なぜこんなに高度な社会秩序を維持できるのか、その点に興味を持ちました。もちろん通常の商品で24%という消費税や、税金の国民負担率が6割超であるなどに代表される税制があるからなのでしょう。それでも国土面積は日本とほぼ同じくらい(日本の九割くらいです)なのに、それほど少ない人口で国を運営していけるという現状には、今後人口が減り続け、同じように森林面積の多い日本が今後向き合わなければならない課題のヒントがあるのではないかと思いました。

もちろん日本は現人口が多いために様々なインフラが桁違いに多く、産業の構造も異なり、急峻な山々が多くてそのための治水や砂防や森林管理の仕事の大変さもまったく違い、地震や火山や台風などの自然災害とも常に向きあっていなければならないという点もフィンランドとは大きく異なります。ですから単純に引き比べてもあまり意味はないのかもしれません。それでもあの驚きの人の少なさと静けさの中で、高度な民主社会を実現させている(女性の社会進出など日本とは比べものにならないくらい進んでいます)フィンランドの現実に魅了されてしまったというのが正直なところなのです。

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