インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

ドキュメンタリーの理想的な形

NHK Eテレで放映されたドキュメンタリー「輪廻の少年」。チベット仏教で高僧の生まれ変わりとされる「リンポチェ」の少年が、インドのラダックからチベットを目指す旅を追ったものです。昨晩偶然に見たのですが、最初からその内容と映像美に引き込まれました。

www4.nhk.or.jp

音楽もナレーションも最小限で、そのナレーションも主人公の少年と、世話役のおじさん二人のモノローグがほんの少し入るだけ。全体に静謐な雰囲気が漂います。少年の成長に合わせて数年間かけて撮影されたもののようですが、まるで劇映画と見まごうばかりの洗練された映像と編集に驚きました。

様々なシーンが自然に無理なく繋がり、「よくこんな場所のこんな状況で映像が撮れたなあ」という場面でも、まるで神の視点から捉えるように登場人物に迫っています。とても深刻なシーンであっても、カメラが撮影している、つまり画面のこっち側には制作者がいるということをまったく感じさせず、登場人物が実に自然に活き活きとふるまっているのです。

時にはドローンを使ったとおぼしき上空からの遠景も出てきますが、これもとことん抑制が効いていて、「撮らんかな」という制作者側のエゴみたいなものがみじんも感じられません。その一方で単なる記録映画でもなく、映画としてのストーリー展開もきっちりおさえてある。ある意味、ドキュメンタリー映画の理想的な形、あるべき姿を提示しているようにも思えました。

チベット仏教は、ご存じのように中国の政策によってその伝統が著しく破壊されつつあります。インドのラダックに「転生」したとされるこの少年の「前世」はチベットにある寺院の高僧で、ごく幼い頃にその当時の記憶を語り出したことからリンポチェに認定されます。本来であれば転生した高僧の下に弟子たちが迎えに来るはずなのですが、中国が国境を閉鎖しているためにそれがかなわず、少年はリンポチェではないのではないかと疑われ、自身も前世の記憶が薄れていき……。

このドキュメンタリーの背景にはそうした政治の影響が色濃く影を落としています。でもそれを全面に押し出して告発するのではなく、あくまで少年と世話役のおじさんの精神世界に迫ることで、そうした困難な状況をも浮かび上がらせようとしています。そこにも深い思慮によると思われる抑制が効いており、その分こちらに考えさせる深みを持っている。これもまたドキュメンタリーとして秀逸ではないかと思いました。

ドキュメンタリーを制作したのは韓国のSONAMU FILMという会社だそうです。エンドロールにたったお二人、韓国人と思われるお名前しか出てこなかったので、もしやと思ってネットでこの会社を検索してみたら、果たして本当にお二人だけで撮られたみたい。どれだけの情熱と手間暇と、そして高度な撮影技術を駆使したらこれほどすばらしい映像が撮れるのか、その手腕に驚嘆せざるをえません。

この作品は近々NHKオンデマンドで配信されるそうです。録画しなかったので、ぜひもう一度見てみたいと思っています。

f:id:QianChong:20190330080958j:plain
https://sonamufilm.com/becoming-who-i-was-2017