例によってこれも食べ歩きを極めた末の……というわけではなく、訪れた先でたまたま入ったお店のうち、印象に残ったものだけ備忘録的に。
コペンハーゲンに行ったらぜひ食べ歩きしてみたかったのが「デニッシュ」です。デニッシュ・ペストリーともいいますよね。要するにパイみたいなパン生地で、真ん中にジャムなんかが入っていたり、砂糖のアイシングなんかがかかっていたりする、お菓子みたいなパン。当のデンマークでは、ウィーンで発祥と伝えられているため“Wienerbrød(ウィーンのパン)”と呼ばれているそうです。
英国人ジャーナリストが、夫の転職を機にデンマークで一年暮らした体験をまとめた本『幸せってなんだっけ?』にこの「デニッシュ」の話が出てきて、その形容がとても美味しそうなんです。
まるで神の啓示にでもあったような体験だ。
「これ、ものすごく美味しい……」一口目を頬張ったままモゴモゴと言った。
乾いた生地や湿った生地がまだらにあって人工的な甘さのイギリスの「デニッシュ」とはまるで違う。ここのペストリーは軽いながらも風味豊かだ。一口食べるごとに甘さとワクワク感が広がり、複合的な風味が中から漏れ出てくる。カリッとしているけれど、口に入れるとソフトになり、それからしっとりとする。一瞬にして別世界に送り込まれてしまった。
というわけで、コペンハーゲンに着いてまず行ってみたのが、チェーン店のパン屋さん“Lagkagehuset”。イートインスペースが広くて、パン屋さんというより「スタバ」的なお店ですね。ここでは上記の本にも出てきた、定番のシナモンロール“Kanelsnegl”を食べてみました。
美味しそう……と思ったんですけど、実際にはどっしり重くて、べっちゃりしていて、強烈に甘くて、う〜ん、これがほんとうに本場のデニッシュなの? とちょっと落胆しました。
Conditori La Glace
気を取り直して、次。Airbnbで探した宿のすぐそばに老舗の洋菓子店があって、通りかかった時は観光客で長蛇の列ができていました。これはと思って、地の利を活かして翌日朝八時の開店と同時に行ってみました。お客さん、ほとんどいません。
こちらのお店はコーヒーがポットで供され、店員さんもとても親切です。朝なので次々焼き上がったケーキが運ばれてくるのを見ているのも楽しい。食べたのは、いかにも定番っぽいこのデニッシュです。
これは……まさに「一瞬にして別世界に送り込まれてしま」いました。生地がこれまで食べたどのデニッシュとも違う味わいなのです。パイの層がものすごく多くて、そのぶん一層一層の生地が極限まで薄くて、結果フワフワかつサクサクという相反する要素を一緒に楽しめます。これはテイクアウトしない方がいいですね。持ち歩いているうちに粉々になってしまいそうです。
イースターが近いので、ニワトリやヒヨコやタマゴをモチーフにしたお菓子が多数売られていました。お土産に買いましたが、このタマゴのパックに入ったようなチョコレート、中にアーモンドのペーストが入っていて、すごく美味しかったです。
Skt. Peders Bageri
実は“Conditori La Glace”に行く前に、もっと早朝から空いているこちらのお店でデニッシュをひとつ買いました。お店の中では食べにくい雰囲気だったのでテイクアウトして、上記のお店に持ち込んだのです。台湾の屋台だったら厳しく「お断り!」と言われるところです。ごめんなさい。
上記のお店に比べると、生地の「油脂感」は少なくて、もっと素朴な感じですけど、こちらも美味しかったです。真ん中のクリームはカスタードじゃなくて、何か独特の香りがついてる……これ、なんだったかな。どこかで接したことのある香りですけど、結局思い出せませんでした。で、ネットで検索してみたら、アーモンドでした。そうだ、杏仁豆腐を作る時の「杏仁霜」の香りだったのです。
Reinh. Van Hauen
デザイン美術館に向かう途中にあるこちらのお店も、パンやケーキを売るだけではなく、サンドイッチなどもあってイートインスペースが充実しています。
こちらでは調子に乗って二種類食べました。コペンハーゲンのデニッシュは日本で売られている物に比べてかなり大きいのですが、こちらのお店のデニッシュは比較的小ぶりです。油脂もクリームも重くはなく、二つ食べても「楽勝」でした。
ほかにもいくつか食べたんですけど、総じて生地の小麦粉の味が生きた、素朴な印象が強かったです。これに比べると日本で売られているデニッシュは、ジャムやトッピングや表面のナパージュ(薄く塗られたゼリーみたいなの)など、よりデコラティブな印象ですね。どちらも好きですけど、デコラティブではないものの生地の繊細さに職人技の凄みを見た“Conditori La Glace”のデニッシュがいちばん強く印象に残りました。