インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

成語なんかにリソースを割けない?

華人留学生の通訳訓練(中国語→日本語)で、“造句”をしてもらうことがあります。“造句(zàojù)”というのは中国語で、これを日本語で言えば「例文を作る」とでもなりましょうか。例えば通訳をしている際の「鬼門」のひとつ、成語やことわざや慣用句について、中国語と日本語を比較しながら覚えましょう、などという際に、華人留学生のみなさんにその成語・ことわざ・慣用句を使った短い文章を口頭で言ってもらうのです。

なぜ成語・ことわざ・慣用句が「鬼門」かというと、ふだんのおしゃべりレベルの会話ではあまり頻繁に登場しないものの、フォーマルな席(つまり通訳者が出向くような)ではけっこう使われ、特に背景に故事や典拠があるようなそれはかなり縮約された言葉になっているため、知らなければ即アウトという確率が高いからです。私、通訳をしていて一番血の気の引く思いがする瞬間は、発言者が“中國有句古話說……(中国の古い言葉にこういうのがありまして……)”などと話し始めたときです。

もちろん日本語の成語・ことわざ・慣用句には、もともと中国から入ってきたものも多く、中には“一舉兩得”→「一挙両得」のように全く同じ形のもの(発音は違うけれど)もあります。でもその一方で“雞蛋裡挑骨頭/吹毛求疵”→「重箱の隅をつつく」のように全く違う、というか、双方の風土や文化がそれぞれに色濃く影響した面白い表現もたくさんあって、なるほど、同じ人間の同じような発想であっても、お互いの表現がここまで違うのは面白いなあと思うのです。

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https://www.irasutoya.com/2015/09/blog-post_996.html

というわけで、留学生のみなさんにも「有名どころ」のよく使われる成語・ことわざ・慣用句を中国語と日本語のセットで覚えてもらおうということで訓練に取り入れているのですが、ただ暗記するだけじゃつまらないので、まず私が中国語の成語・ことわざ・慣用句をひとつ言い、生徒の一人を指名して“造句”してもらったのち、それを別の一人が日本語へ通訳する……というようなことをやっています。

qianchong.hatenablog.com

この練習をしている時に、気づいたことがふたつあります。ひとつは“造句”をする留学生の声がきわめて小さく、かつ速すぎること。もうひとつは“造句”した文章がきわめて単純なこと、です。

通訳というのは畢竟人前で話す作業なので、パブリックスピーキングを意識することは繰り返し伝えており、なおかつ自分が話した中国語を他の人が日本語に訳すという前提も理解しているはずなのですが、小声で一瞬のうちに喋っちゃう。もちろん恥ずかしさもあるのでしょう。それでも自分の母語である中国語での“造句”なのに、とても小さな声で自信なさげに、まるで今すぐここから逃げ去ってしまいたいとでも思っているかのように、ささささっ! と喋ってしまうのです。当然ながらそれを訳す生徒は聴き取れないことが多く、私は「もう一度ゆっくり、大きな声で言ってください」とお願いすることになります。それも繰り返し繰り返し、何度も。

“造句”が単純なことも気になります。例えば“八面玲瓏(八方美人)”だったら“他總是八面玲瓏(彼はいつも八方美人だ)”とか、“班門弄斧(釈迦に説法)”だったら“我對他班門弄斧(私は彼に「釈迦に説法」した??)”のように“造句”とも言えないような短い、論理も文構造も弱い文ばかり作ろうとするんですね。「彼がジムのインストラクターだとは知らずに、筋トレやダイエットを語ろうとしちゃった。危うく釈迦に説法をするところだったよ」みたいな文章を作ってくれたら、訳す方もやりがいがあるのになあ。しかも日本語ですらなく、母語である中国語での“造句”ですからね。

そういう単純な“造句”ばかりが続くので、私が(母語でもないのに!)例を示してみると「ほほー」というような顔をしているのがカワイイ、いえ、情けないですが、「みなさんはこういう“造句”を小学校や中学校でやらなかったんですか?」と聞いてみると、「死ぬほどやらされました」というお返事。う〜ん、それがトラウマで、もう二度とやりたくないということなのかな。それとも、通訳訓練なんて別にしたくないけれども、必修科目だから仕方なく参加しているということなのかな。

できるだけ小声で短く“造句”しようとする華人留学生のみなさんからは、とにかく自分のリソースはできるだけ割きたくないとでも言わんばかりのオーラが出ているような気がします。ふだんはあんなに大声で延々と喋っているのにね。成語・ことわざ・慣用句みたいな古臭くて手垢のついたような表現に自分のリソースを割こうと思えないのかな? 個人的には、成語・ことわざ・慣用句というのは、中国語や日本語のエッセンスが詰まった面白い領域だと思うんですけど……。