インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

中国語圏の学生における発音とリスニングの弱点について

私が担当している留学生の通訳クラスは、中国語圏の学生と「それ以外」の学生がほぼ半々で在籍しており、中国語圏の学生は日中・中日通訳を訓練し、「それ以外」の学生は日英・英日通訳を訓練します。「それ以外」の学生には英語の母語話者もいますが、多くは英語を使うそのほかの国々の学生です。

「そのほかの国々」の学生は、本当は自分の母語と日本語の間の通訳を学びたいのですが、こちらにそのメソッドがないことと、教員がいないこと、それにそうした通訳の市場が日本では極めて小さいこと、就職先も限られることなどから、仕方なく(?)日英・英日通訳を訓練しているのです。欧州やインド、あるいはアジアのシンガポールやマレーシア、インドネシア、タイ、ベトナムミャンマーなどの学生が多く、南米のブラジルやアルゼンチンの学生も在籍しています。

ただし、そうした「そのほかの国々」の留学生は、みなさん英語がとても達者です。もちろん英語が達者だから入学試験をパスしてきたわけですが、母語以外に英語を学び、さらに日本語も学んで、英語と日本語間のいわば「第二言語同士」の通訳を学んでいるというのは、考えてみれば我々日本語母語話者にはなかなか想像ができないくらいのものすごいことをしていますよね。

さらに、英語を半ば準母語として、あるいは国の公用語に近い形で使わざるを得ない国が世界にはたくさんあるのだということ、それに比べて日本はとても恵まれているのだということ、日本語はそれほど「巨大な言語」なのだということも、私たち日本語母語話者はあまり実感として分かっていないのかもしれないと常々思います。

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https://www.irasutoya.com/2019/01/blog-post_891.html

閑話休題

私は中国語圏の学生と「そのほかの国々」の学生の両方を受け持っているのですが、通訳訓練をしていると、この二つの「群」には明らかな違いがあると感じます。中国語圏の学生は明らかに日本語の発音や発声、とくに非日常的な(普段のおしゃべりには使わないような)言葉――複雑な外来語(カタカナ語)やテクニカルターム、専門用語、マイナーな人名・地名などなど――の発音や発声が「そのほかの国々」の学生に比べて劣っているのです(もちろん例外はありますが)。

「劣っている」という言い方はちょっと失礼ですね。中国語圏の学生は、そうした語彙へのこだわりが薄いと言った方がいいかもしれません。日本語には(中国語もですけど)同音異義語が多く、同音でなくても発音の似通った単語がごまんとあります。そんな言葉の数々をきちんとクライアントに伝わる形で言い分けるには、長音や撥音、促音、拗音などなどをきっちりと踏まえる必要がありますが、その辺のこだわりがとても薄いように感じるのです。

これはもう明らかに「漢字」の存在が大きくものを言っていると思います。ありとあらゆることを漢字で表現する国々の人たちであるだけに、物事の理解の中心には「漢字」がどっかと腰を据えているようなのです。そして漢字で森羅万象を切り取った瞬間に、中国語の漢字の発音が脳内に響いてしまう。それが発音や発声に大きく干渉しているようです。ご自分ではきちんと日本語の語彙を言っているつもりなのに、全然言えていない……そうした齟齬に悩まされるのですね。

ちなみに日本語母語話者が中国語を学ぶときにも似たような現象が起きます。中国語圏の人ほど漢字に依存してはいないものの、やはり漢字に頼って言葉を操ろうとするがゆえに、発音や発声が手薄になるんですね。留学している時も、漢字を知っている日本人留学生よりも、漢字をまったく介さないで中国語の音を学んでいる欧米人留学生の方が発音が達者だ……などという話をよく聞きました(もちろん個人差や、向き不向きもありますが)。

また漢字の存在が大きい中国語圏の学生と日本語母語話者の学生に共通していることですが、映像を使って聴解訓練をすると、映像や画面のフリップ・字幕などに助けられて何となく聴けた気になっているものの、映像を消して純粋に音声だけにしたとたんに聴けなくなるというのもよく指摘されることです。

うちの学校の華人留学生にも同様の傾向があるので、例えばプリントなど刷り物を配って説明するときにも、まずはプリントを配らず、こちらが先に話して理解を確かめてからプリントを配るようにしています。逆に声の説明だけで済ませると、みなさん「ふんふん、はいはい」と聴いて分かっているような顔をしているものの実は全然聴き取れてなかったということがたびたび起こるので、あとから刷り物を配って再度確認してもらうようにしています。

ことほどさように、文字、特に漢字の力は大きいんですね。なにせ一目見ただけでかなり深い意味まで了解できてしまうのですから。それがまた漢字の素晴らしい点でもあるのですが、同文同種ではなく同文異種である中国語と日本語の間の学習においては、この点をきちんと踏まえていなければ……と常に意識に上らせるようにしています。自分が教えるときも、そして学ぶときにも。

こちらはかなり以前の動画ですが、上海にある日本語学校の先生が、どうやったら日本語のリスニング力が上がるかと問われてこんなことをおっしゃっています(2:26あたりから)。

youtu.be

中高级同学呢,经常会跟我说:“杨老师啊,我考试呢,总是听力分数不高,但是其实我日剧动漫我好像看懂。”那其实我要非常一针见血地告诉你,其实你没有看懂。你的问题是借助着画面,借助着字幕,借助着前后文,好像这里的意思你能取下来了,对吧?


中上級の学生がよくこんなことを言います。「先生、僕はリスニングテストの点数がいつも悪いんですけど、日本のドラマやアニメは聴き取れるんですよね」。でもハッキリと申し上げましょう。実は理解できていないんです。つまり画面や字幕に、あるいは前後のつながりに助けられて分かったような気になっているんですね。

中国語を学ぶ我々にとっても傾聴に値するご指摘だと思います。