インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

天野健太郎さんのこと

先日、翻訳家・天野健太郎氏の訃報に接しました。訃報はいつも突然のことですから今回も驚きましたが、今回の驚きはいつも以上でした。それは天野氏がまだ47歳という若さだったこと、そして直接お目にかかったことはないけれど、亡くなる直前まで精力的に翻訳書を出版され、様々なイベントにも登場されていたことをネットなどで知っており、そのご活躍をいつもまぶしい思いで仰ぎ見ていたからです。

はじめて天野氏の翻訳書に接したのは、龍應台氏の『台湾海峡一九四九』でした。


台湾海峡一九四九

私は原著の『大江大海一九四九』を持っているのですが、その日本語版である天野氏の翻訳は冒頭からとても印象的でした。例えば、こんな描写です。

她才二十四歲,燙著短短的、時髦俏皮的鬈髮,穿著好走路的平底鞋,一個肉肉的嬰兒抱在臂彎裡


彼女は二十四歳。パーマをかけた短い髪はとてもファッショナブルだった。歩きやすいぺたんこの靴を履いて、腕には丸々と太った赤ん坊を抱いていた。

「歩きやすいぺたんこの靴」! 私はこの訳文になにかこう、それまでの中国語翻訳の世界にはなかったどこか新しいものを感じました。とはいえ、その感覚をはっきりと自覚したのはずいぶん後からで、当時は「ずいぶん自由闊達な訳だなあ」くらいにしか感じていなかったのかもしれません。それよりもまず、それまで全くお名前を知らなかった中国語の翻訳者が登場したことそのものがとても新鮮で。

その後は、私自身が失業したり家族の病気や不幸があったりしてあまり文芸作品を、とりわけ中国語のそれや翻訳作品を読む余裕がなく、天野氏がその後も次々に世に紹介した作品のほとんどを私は読んでいません。ですが、たまたま台湾の書店で目についた帯に惹かれて吳明益氏の短編小説集『天橋上的魔術師』を買い、その帯に惹句とともに載せられていた天野氏の翻訳書『歩道橋の魔術師』にも触れました。

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歩道橋の魔術師

この翻訳も自由闊達です。例えば、冒頭のこんな描写。

我家開的是鞋店,只是一個小毛頭對客人說:「你穿這雙鞋好看」、「這是真皮的」、「算你便宜一點」、「哎呀已經是最低價了啦」怎麼樣都不太真實,太沒有說服力了。


うちは靴屋だった。ただ、小うるさいガキがお客さんに向かって、「お似合いですよ」とか、「お安くしますよ」とか、「それじゃあ、うち儲けが出ないんで」とか言ったところで、どうにも遊んでるみたいで説得力に欠ける。

“已經是最低價了啦”を「それじゃあ、うち儲けが出ないんで」と訳すのは、意訳と言ってしまえばそれまでなのですが、ある種、天野氏一流のユーモアというか、やや無頼派的というか、大胆不敵というか、それでいて繊細というか、どうにもうまく言えないのですが氏の独特のスタンスが表れているような気がします。そうしたスタンスは例えば“這是真皮的”という営業トークのひとつをすっぱり切り落としている部分にも見て取ることができます。

このような天野氏の“風格(スタイル)”は、後に公開されたふるまいよしこ氏によるこのインタビューで詳しくその背景と理由を知ることができます。有料記事なので引用はさし控えたいと思いますが、とにかく「もんのすごく」面白いインタビューです。翻訳や語学に興味がある方に、このたった数百円の出費を惜しむ手はありません。

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ここには天野氏の翻訳に対するスタンスだけではなく、日本における中国語文学の受容のされ方、あるいはもっと広く大きく台湾や中国の文化そのものの受容のされ方に対する、新たな世代の登場を見て取ることができます。

私は天野氏よりも若干歳が上ですが、ほぼ同じ世代というか年齢層に属します。このインタビューで天野氏がおっしゃっていることは、私が中国語を学んだり教えたり、あるいは仕事として使ってきたりする中で折に触れて感じてきたことをかなり大胆な形で言語化されているように思えて、一気に引き込まれ、読んでいてとても興奮しました。

例えば、最近は若干状況が変わってきたと思いますが、日本における中国語学習の、そのあまりにも強い「北京一辺倒」ぶりや、観光地や文化発信地としての台湾の人気の一方であまりにも多くの方が一般常識としてさえ馴染んでいない台湾の近現代史など……。『歩道橋の魔術師』にしても、そうした台湾へ視点がより豊かに育まれていれば、より味わい深く読めること請け合いだと思います。

まさに天野氏はそうした私たち日本人の台湾に対する視点をもっと豊かにするために(ご本人はきっと「そんなたいそうなことじゃねえ」とおっしゃるでしょうけど)訳業に邁進されていたと思います。なのに、折しも『自転車泥棒』などまた新たな訳業が世に送り出されたそのタイミングで突然の他界。聞くところによると発見のむずかしい膵臓のガンだったそうですが、ご本人はさぞ無念だったと思います。

ロシア語の米原万里氏、英語の山岡洋一氏など、敬愛し私淑していた通訳者や翻訳者が急逝されたときにも少なからぬ衝撃を受けましたが、そこにまたもうお一人が加わってしまいました。とても残念です。その山岡洋一氏はその著書『翻訳とは何か』でこう書かれています。

翻訳学校に通っても、一流の翻訳家に学べる確率はそう高くはない。ところが、書店に行けば、一流の翻訳家がみな、訳書という形で翻訳のノウハウを示してくれている。自分がほんとうに尊敬できる翻訳家を選んで訳書と原著を手に入れ、訳書を見ないで原著を翻訳していき、訳書との違いをひとつずつ確認していけばいい。この方法なら、翻訳学校で教えていない翻訳家からも、亡くなっていて学べる機会がないはずの翻訳家からも学べる。無料で添削を受けられる。一流の翻訳を真似ることができる。
山岡洋一翻訳とは何か 職業としての翻訳』p.158

私たちはこれからも、天野健太郎氏の訳業に学ぶことができる。それだけは救いだと思います。