インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

漢字が持つビジュアルとしての訴求力

先日、オーストラリアの海岸で132年前の「瓶入り手紙」が見つかったというニュースに接しました。

www.afpbb.com

このニュースに関して、後日東京新聞の「筆洗」にこんな論評が載っていました。

瓶の奇跡的な発見にも驚かされるが、同時に感心させられるのは、百年以上も前の日誌まできちんと保存し続けるドイツ政府のきちょうめんさだろう。どこかの国の政府など、大切な国有財産売却の記録すら平気で「捨てた」と言い、公開された文書にも改ざんの疑いがもたれている。百年後の調査どころか、二、三年後の検証にすら耐えられぬのだ。
http://www.tokyo-np.co.jp/article/column/hissen/CK2018030902000134.html

この論評からさらに数日、森友学園との国有地取引に関して疑いをもたれていた決裁文書は、結局14件・合計78ページのうち62ページで改竄があったと財務省が認め、今朝の新聞各紙には大きな見出しが躍っています。毎日・朝日・東京は「改ざん」、日経・産経は「書き換え」、読売は「削除」と。なるほど、各紙の批判や忖度の度合いがわかりやすいですね。

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しかしこの見出しの「改ざん」、どうにかならないものでしょうか。いや、改竄行為そのものじゃなくて(そのものも、だけど)この「改+ざん」という「交ぜ書き」です。交ぜ書きの問題についてはすでにあまたの先賢明哲が議論を展開しており、極端に読みにくくなる語彙などは交ぜ書きをしない方向に徐々に改まりつつあるようですが、ときおりこんな大見出しでの連発に接すると、やっぱり「まだまだだなあ……」とがっかりしてしまうのです。

文化庁 | 国語施策・日本語教育 | 国語施策情報 | 第20期国語審議会 | 新しい時代に応じた国語施策について(審議経過報告) | �U 情報化への対応に関すること

交ぜ書きの弊害は、かえって読みにくくなる、意味が伝わりにくくなる、パソコンで文字を書く時代にもはや意義を失った、一般大衆を愚弄している、漢字への冒瀆だ……等々様々な意見がありますが、私がいちばんもったいないなと思うのは、漢字そのものが持つある種のパワーが失われてしまうという点です。

……とくれば、白川静氏の一連の業績が思い浮かびます。もっとも、漢字の成立において宗教的、呪術的なものがあったとする氏の業績は一部で再評価や見直しが行われているようですが。ただ、私は専門でも何でもないので単なる一人の「漢字好き」としての感覚的な主張に過ぎないんですけど、「改ざん」じゃ全くその悪質性というか悪辣さというか禍々しい感じが伝わってこないんですよね。やっぱここは「改竄」という、黒々とした字面じゃないと、と思うのです。


漢字の成り立ち: 『説文解字』から最先端の研究まで (筑摩選書)

「竄」……いかにもワルそうじゃないですか、もうね、穴に逃げ込む鼠だもの。こういうビジュアルとしての訴求力って大切だと思うんです。文字が意味を伝える記号であるなら、なおさら。

www.moedict.tw

中国人民解放軍の戦闘機「殲-20」だって、下に掲げたWikipediaのように「J-20」とか、簡体字で「歼-20」じゃ全然ツヨそうじゃありません。ここは見るからにラスボス的雰囲気を醸し出している「殲」じゃないと。殲滅の殲ですからね。まあ、こんな戦闘機が出動して殲滅したりされたりするような事態にならないことを心から願いますけど。

www.moedict.tw
J-20 (戦闘機) - Wikipedia

ところで私、いちばん好きな漢字は「亂」です。

www.moedict.tw

どうですか、この左側の乱れっぷり。何ともこう、ただならぬ様子が伝わってくるではありませんか。カタカナで「ノツマムヌ」と読めちゃうところもただならない。関西で有名な中華料理の老舗「ハマムラ」のロゴマークみたいです。

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http://www.hamamura-gr.com/index.html

複雑な左側に対して右側が「乚(つりばり)」だけってのもアンバランスでいいですね。擾乱・攪乱・霍乱・紊乱……いずれも「乱」ではものたりません。黒澤明監督のあの名作も『亂』だったらもっと戦乱っぽかったのに。もっとも、「乳」と勘違いする方が続出するかもしれませんが。

漢字が持つこうしたビジュアルとしての訴求力を活かし、より記事や見出しの文意を伝えるためにも、ぜひ交ぜ書きはやめてほしいと新聞各社に望みます。

追記

最近、うちの近所に皮膚科の医院が開業しました。正式名は「皮膚科」みたいですけど、看板や電車内の広告などはすべて「皮フ科」になっていて、これも何だか皮膚がむずがゆくなってきます。

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www.setahifu.com