インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

一食抜くなど信じられない?

不定愁訴とその後」でも書いたんですけど、体調が良し悪しが飲食、それも飲食の量と密接に関わっていることが実感できるようになってから、基本的にはお昼ご飯を抜くか、ほんの少し(例えばバナナ一本とか、ソイジョイ一本とか)しか食べないようになりました。

朝食は食べますが、それも量的にはほんの少しですので、基本きちんと食べるのは夕飯だけということになります。自分としてはこのパターンが一番調子がよくて、そもそもこの年齢になっても若い頃と同じように飲んで食べて……を続けているほうが不自然、ということになるのですが、周囲の同僚や友人からはひどく心配されます。

とくに心配するというか、ほとんど「信じられない!」という驚きの反応を示すのが華人、つまりチャイニーズ系のみなさん。一緒にお仕事をした方なら分かると思いますが、華人は食べることが本当に大好きで、ほとんど食に命をかけているといってもいいくらいです。「民以食為天(民は食をもって天となす)」という言葉もあるくらい*1。いや、私だって食べることは大好きですが、華人のみなさんに言わせれば「極めて淡泊なほう」に属するようで、私が体調を整えるために一食抜いていると「カミングアウト」でもしようものなら、真剣な眼差しで「どこか悪いの?」「大丈夫?」と問い詰められます。

以前台湾で通訳者をしていた頃、ある技術会議で議論が紛糾して、14時間連続の徹夜会議になったことがありました。日本側は食事もそこそこに問題の解決のため議論しようとするのですが、台湾側は食事の時間になると必ず休憩を提案し、きちんとたっぷり食事をすることを欠かしませんでした。議論が煮詰まって神経が高ぶっている日本側からは「いまは食事どころじゃないでしょう」と抗議が出たこともあったのですが、その時の台湾側の返答がふるっていました。「これは人権の問題です」。

そう、華人のみなさんにとって、毎食きちんと食事をとることは基本的人権にも等しいのです。それもできればあつあつ・ほかほかの食事。もちろん華人だって冷たいものを食べることはありますし、忙しい現代にあって毎食あつあつ・ほかほかの「理想」が完全に保たれるとは限らず、華人であっても「まにあわせ」の食事をとることはあります。でもそうするとパフォーマンスが目に見えて落ちる。本当に元気がなくなるのです。

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これも以前、中部地方一帯の工場を回って品質管理関係の監査をする中国政府関係者の一行に、通訳者として帯同したことがあります。スケジュールがタイトで、毎回冷えた弁当しか食べられなかった中国のみなさんはかなり参っていたご様子でした。私は、毎回上等な「松花堂弁当」なんかが出るのでひとり喜んでいたんですけど*2

そんな毎日が一週間ほど続いたある日、移動中の地方都市でたまたま一時間ほど時間があき、目の前には小体な中華料理屋さんが。一行は吸い込まれるようにお店に入り、それぞれラーメンやタンメンなどを注文し、運ばれてきた器からスープをひと匙すくって飲んだ瞬間「ああっっ!」という歓喜の声がもれました。それはもう本当に心底「救われた」という声と表情で、華人の食事におけるあつあつ・ほかほか信仰を再確認したことでありました。

というわけで、そんな華人のみなさんから見れば、私の「元気を保つために一食抜く」など語の矛盾といったところなのかもしれません。あまり心配させてもいけないし、まあ何というか面倒くさくもあるので、現在勤務している学校で留学生*3から“呷飽没?(ご飯食べた?)”と聞かれたら、笑顔で“呷飽啊(食べたよ)”と答えることにしています。

*1:http://pedia.cloud.edu.tw/Entry/Detail/?title=%E6%B0%91%E4%BB%A5%E9%A3%9F%E7%82%BA%E5%A4%A9

*2:一般的に、中国人はじめ華人のみなさんは、日本式の冷えたお弁当を好みません。冷えたものを食べるのは身体に悪いという考えがあるからですが、それを理解して温かい食事を提供する日本企業や官庁はあまり多くないように感じます。

*3:台湾の留学生が多いです。