インタプリタかなくぎ流

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オリンピック・パラリンピックの通訳ボランティアについて

1月10日の日本経済新聞に、2020年東京オリンピックパラリンピックの通訳ボランティアに関する記事が載っていました。通訳を教える大学が進んで通訳ボランティアを斡旋するという動きに違和感を覚えて以下のツイートをしたところ、いろいろな反応が寄せられました。そのすべてを追うことはできていませんが、おおむね疑問を呈する反応が多かったと思います。

まず違和感を覚えるのは、通訳という仕事そのものが軽んじられているという点です。こうして「外語が話せれば訳せる」「通訳はボランティアでよい」という通念が社会に広まることによって自らの首を絞めていることが、なぜ外語系大学のみなさんには理解されないのかと不思議に思いました。

外語を「話せなければ訳せない」のは当然ですが「話せれば訳せる」わけでもない、というのは外語教育に携わるものなら自明のことです。しかもその道のプロを社会に送り出そうとする教育機関が、通訳など外語を話せればできるのだ、無償でいいのだという社会通念を広めるような結果になる活動になぜ加担するのかが判りません。

学生のうちは訓練として無償で通訳や翻訳をします、でも卒業してプロになったらきちんとした労働の対価を頂きますといって、はいそうですかと予算を組み報酬をくれる官庁や企業は少ないでしょう。大抵は安かろう悪かろうに陥り、ひいては粗雑なコミュニケーションが蔓延して国益を損なっていくのです。

国益」なんてナマな言葉はあまり使いたくありませんが、実際にこの国の、外語や異文化・異言語コミュニケーションに対するナイーブさや無邪気さを日々実感(例えば「言葉は拙くても誠意があればきっと伝わる」など)している者としては、声を大にして申し上げねばなりません。

この「ナイーブな言語観」については、僭越ながら過去のブログエントリを再掲させてください。日本はほぼ単一言語で社会全体が回り、高等教育まで母語で行えるという「ある意味幸福」な国ですが、そこには「脇の甘さ」も露呈しています。

qianchong.hatenablog.com

総じて、オリンピックを開くなら言語間の意思疎通も必要不可欠なのは分かりきっているはずなのに、予算に組み込まれないことが理解できません。異なる言語間の交流が難しくかつ重要であることを分かっているはずの外語系大学が、すすんで「炎天下のタダ働き」を斡旋することも。通訳に限らず、オリ・パラのボランティアに対する要求が苛烈に過ぎるとして、ネット上で話題になったこともありましたね。

こちらの記事のように、「オリンピックのレガシー」なる美名で募集される通訳ボランティアも、その内実が「炎天下のタダ働き」であり搾取であることが分ってくるにつれ、辞退者が急増すると思われます(特に年配者)。そのときに動員がかかるのはたぶん外語系の学校でしょう。

それでも学生本人が自分の意志で参加したいと言うならもちろん止めませんが、少なくとも文科省あたりから動員をかけられて学校がそれに応じる(例えば単位などを「報酬」として)などということだけは避けたいと思っています。いまから学校側に働きかけ、心づもりをしておかねばなりません。

私はすべてのボランティア活動を否定するものではありません。学んだ語学を活かしてみたいという気持ちもわかりますし、人道的な支援や社会的弱者のために語学ボランティアをすることも否定しません(私もやったことがあります)。でも事はその商業主義が批判されて久しいオリ・パラですよね。やはりこのオリ・パラのボランティア募集は「やりがい」とか「レガシー」など耳に心地よい言葉を使った搾取ではないかと思わざるをえません。

誰よりも外語をよく知り、外語を学び活かすことの難しさも意義深さも、そして時には怖さもあることをわかっている外大関係者のみなさんには、少なくともオリ・パラのボランティア通訳に疑問の声を上げてほしいと願っています。

追記

オリ・パラの商業主義については、1月18日の東京新聞にこんな記事が載っていました。

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営利目的ではない壮行会が、逆に営利目的の協賛企業から「待った」をかけられる、というお話です。まさにオリンピック憲章の真逆を行く現在のオリ・パラを象徴しているできごとではありませんか。「実際、五輪が一握りの企業のための『宣伝イベント』だったら、多額の税金を投入する必要があるのか」。同感です。

通訳ボランティアの問題も、本人が五輪の主旨に賛同し「レガシー」の一翼を担いたいというならいいじゃないかという意見があります。私もその通りだと思うんですけど、それは現在の五輪の背景にこうした利権が絡んでいることも踏まえた上でなら、です。少なくとも生徒に奨励する学校は、その背景等も含めて教える義務があるのではないでしょうか。

さらに追記

留学生の通訳クラスで、上記の「オリ・パラ通訳ボランティア」について紹介し、意見を募ってみました。私個人の意見は出さず、自由に発言してもらったところ、「通訳のいい経験になるから参加したい」という意見もいくつか出されました。「就活の際に、ボランティア経験があると有利になる」との現実的な意見もありました。なるほどなるほど。

でも「真夏の炎天下」の話を出すと、やや動揺が。みなさん、東京の真夏のほとんど殺人的な暑さはこの数年間の留学生活で骨身にしみていますから。東京オリンピックパラリンピック組織委員会マーケティング専任代理店として電通を指名している件などを紹介すると、「絶対にやらない」と。その激しい反応にこちらがびっくりするほどでした。留学生の間でも「電通」という名前はかなりのインパクトを持って知れ渡っている(いろいろな意味で)ようです。

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