インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

私たちのナイーブな言語観について

台湾の総統(大統領)選挙と立法院(国会)議員選挙が行われ、民進党蔡英文氏が大統領に当選、立法院でも民進党議席の過半数を占めるという「完全勝利」で幕を閉じました。

一昨年、「反服貿」の「ひまわり学運」が立法院占拠という形に発展した際、日本の一部にやや扇情的にそれを支持する声が広がっていたことに対して、私はこう疑問を呈しました*1

民主主義を希求するならば議場占拠ではなく統一地方選や次期大統領(総統)選で馬英九氏を追い詰め撤回というような民主主義のルールを踏むべきだと思います。
http://qianchong.hatenablog.com/entries/2014/04/01

今春から始動する蔡英文政権が「服貿」の見直しを行うかどうかは分かりませんが、こうして民意を動かし、政権を奪還したこと、そういう健全なメカニズムが機能することは素晴らしいと思います。

こちらは、選挙当日の記者会見。


勝選國際記者會 蔡英文:團結、壯大國家,並且一致對外,是我最重要的責任。

「通訳兄さん」登場

ところで、この記者会見について、意外な部分が話題になっていました。


蔡國際記者會 「口譯哥」秀流利英文 網友:戀愛了

記者会見で英語の通訳を務めた趙怡翔氏が人気になっているというのです。「口譯哥(通訳兄さん)」の素敵な声に「耳朵懷孕了(耳が妊娠しちゃった)」とか……ちょっとちょっと。でも、ふだんは裏方であり黒衣的存在である通訳者がこうやってクローズアップされるのは面白いですね。

この件について、さらにTwitterでこんな報道を教えていただきました。

www.storm.mg

もとより蔡英文氏は英語が堪能なのに、なぜわざわざ通訳者を使うのか……について、その疑問に答え、さらには通訳者という職業についての基礎的な知識を提供しています。こういう解説が新聞に載るところが多言語国家ならではというか、一種の「すごみ」ですよね。

【追記】通訳者のささきち(@jiyanY)さんがこの記事を「速攻」で日本語訳されています。仕事はやい〜、素晴らしい〜! ぜひお読みいただきたいと思います。


https://twitter.com/jiyanY/status/689644410741456897
https://twitter.com/jiyanY/status/689644511572557824
https://twitter.com/jiyanY/status/689644591419494400

このブログでも何度も書いていますが、総じて日本の方々は「母語」で話すことと「外語」で話すことの違い、「外語」で話すことの功罪、通訳者が行っている作業について……などなどへの理解が薄いように思います。

それはほぼ単一言語国家と言っていい日本の、ある意味幸せな部分でもあります。侵略や植民地統治の結果、土着の言葉以外に英語もかなりの比重で使わざるを得なくなったインドやフィリピンなどの国々と違い、単一の言語で社会が機能し、文化を成熟させていくことができるのですから。でも逆にそうであったが故に日本人は外語に対して未だにナイーブな感覚のままでいるのだとも言えます。

「誠意があれば通じる」のか

以下、ちょっと「disる」ようで心苦しいですが、「ナイーブ」の例をひとつご紹介してみます。上記の、蔡英文氏による記者会見の映像で、31分25秒あたりからをご覧ください。この記者会見で日本のメディアとしては唯一、読売新聞の記者が中国語で質問しています。……が、私などが言うのも大変おこがましいのですが、この方の中国語はどうひいき目に聞いても拙いと思います。内容はありますが、発音と発話の仕方がとても拙い。

内容があればよいではないか、発音や発話のスタイルなどは二の次だろうと思われますか。私もそう思います。そう思いたい。でもね、相手もそう思うかどうかはまた別の問題なんです。これ、なかなか想像するのが難しいのですが、例えば安倍首相の記者会見で外国の記者が質問に立ち、その方の日本語がひどく聞きづらい(聞き取る際に大きなストレスを感じざるを得ない)ものだったらどう感じますか。

「一所懸命に、慣れない日本語を駆使して質問してくれてありがとう」と思う人もいるでしょう。私もその記者の度胸に賞賛と声援を送りたいと思います。でも世の中には逆に「なんだそんな日本語で質問して、失礼だな」などと思う人もいるのです。ひどい方になると、発話者の知的能力を疑うことさえある*2

ともあれ、あまり「国益」などという概念を持ち出したくはないけれど、蔡英文氏の記者会見は全世界に発信されるのです。何十億という華人も目にし耳にする可能性がある。そんな場で、表面的なこととはいえ拙さ全開の映像が流れることは日本の国際的イメージに影響すると思います。なぜそういう想像力が働かないのでしょうか。

件の記者はメモを見ながら質問していました。たぶん質問内容の中国語を作文しておいて、それを読み上げたのだと思います。だったらもっと中国語が堪能な別の記者か、通訳者を雇って質問させればよいではないですか。日本では皇室から政治家まで、なぜか外語(なかんずく英語)で発信しなければいけないと思い込んでいる節がありますが、日本語で自由闊達に話し、それを優れた語学の使い手に託せばよいと思います。

自ら質問することで誠意を表したかったのかも知れません。でもね、これも通訳の現場でよく目の当たりにすることなのですが「誠意があれば伝わる」わけではないんです。「誠意があれば伝わる」は美しい考え方だけれど、残念ながら国際的なやりとりの場では幻想です。日本人はもう少し「表面的なイメージ」にも注意を払うべきだと思います。虚飾を排する潔さ、そして本質を重んじる日本人的なメンタリティとは相容れないかもしれないけど。「誠意があれば伝わる」や「大事なのは形じゃない、心だ」というスタンスには日本人の言語に対するナイーブな一面が表れていると思うのです*3

さんざん「disって」しまってごめんなさい。でも私は話し方の巧拙という本質的ではない、表面的なことだからこそ、その非本質的・表面的なところで要らぬ誤解を招いたり「国益」を損じてしまったりするのは本当に残念でもったいないと思います。

それに上記の「通訳兄さん」の記事でも指摘されていましたが、特に逐次通訳の場合、通訳者を介することでそのタイムラグを利用して自分の考えをまとめたり、冷静さを取り戻したり、相手の反応を見ながら戦略を考えたりもできるものなんですよ。以前インハウス(社内)通訳者をしていた時、私の上司は外語が堪能な方でしたが、それでも「交渉の時には必ず通訳者を使う」と言っていました。分かっている方は(外国人との交渉や駆け引きに慣れている方は)分かっているのです。

*1:同時に、某大学教授が現地から伝えた「ほとんどの国民、ほぼすべての教授が学生を支持」というレポートにも疑問を呈しましたが、この記事によれば「立法院占拠後には協定を『支持する』と回答した人の割合は25.3%」とのこと。やはり一定数は支持していたわけです。扇情的な伝え方は事実を見誤りますね。

*2:この辺りに想像力を働かせることはとても大切で、「留学生が拙い日本語で話していても、それは言語の技術上の問題であって、知的能力の問題ではない」というのは、私たち留学生に接する職業に従事するものの間では強い戒めとして常に意識されていることです。

*3:中国の「両会(全国人民代表大会と政治協商会議)」が終わった後、国務院総理(首相)が内外記者の質問に答える恒例の記者会見があります。ここでも時々日本の記者が指名されますが、年によって違いはあるものの、やはりハラハラするような日本人記者のパフォーマンスを目の当たりにすることが多いです。去年は朝日新聞の記者が質問に立っていました。今回の蔡英文氏に質問した読売新聞よりは多少よかったけど、もうちょっと高級な中国語を使っていただけたら……中国語は英語同様歴然とした「階級差」のある言語なんですから。