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インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

台湾の“反服貿”について覚えた違和感

ここのところ連日、台湾の“反服貿”運動の動向を注視しています。“服貿”は“服務(サービス)貿易”の略。中国語で“海峽兩岸服貿協議”、日本語では「両岸(中国と台湾)サービス貿易協定」と訳されている、2010年に締結された「経済協力枠組み協定(ECFA)」に基づいて進められている具体化協議の一つです。

与党・国民党が審議を十分に尽くさず強行採決に踏み切ったことから、学生が立法院(国会)を占拠して反対運動を展開し、一部が行政院(内閣)への突入という形で飛び火。当局が強制排除に動いて負傷者を出し、立法院の占拠は現在も続いています。3月30日には主催者発表で50万人が参加した大規模なデモも行われました。

ことの顛末と現況は各種報道にあたっていただくとして、私がこの間報道やネット上での様々な情報に接する中で覚えた違和感を記してみたいと思います。

日本人としてのスタンス

まず基本的に、私は日本人ですから、台湾と中国の政府間協議に意見する立場にはありません。両国なり両地域なりの人々が考えて決めればよいことです。個人的に「こうなればいいな」という思いは多分に、しかもあれこれとありますが、それは単なる個人的願望であって、当事者に働きかけるような類いのものではないと思っています。

ネット上には、そうではない、これは回り回って日本の未来にも関わってくる話なのだと、中国脅威論をベースに日本人の積極的関与を促す意見も散見されますが、それはまあ「ためにする議論」というものでしょう。少なくとも現時点において、他国間のECFAとそれに付随する協議について、主体的に考えるべきはその当該国の人々です。日本が締結を進めようとしているTPPに対して、その当否を主体的に考えるべきは我々日本人であるのと同じ意味で。

またネット上には、特にTwitterや掲示板などですが、あからさまに「中国憎し・台湾ラブ」的無責任な発言や誹謗中傷、あるいは理性的な判断を放棄したような一方的シンパシーを表明する発言が大量に溢れています。少なくとも我々日本人は「第三者」なのですから、もう少し理性的にことの成り行きを注視し、是々非々で議論すればいいのになと思っています。

どこか高揚した比喩

どこかの掲示板では「造反有理」などという支持のコメントを見かけましたが、この言葉の出自と背景を考えればやや煽情的に過ぎるのではないかと思いました。また内田樹氏のブログではこの件に関して東京大学名誉教授・佐藤学氏の現地速報が何度か転載されました。内田樹氏の著書はほとんど読んでいるほど氏に私淑している私ですが、これにはちょっと危ういものを感じました。

しかし、本格的闘いはこれからです。立法院(国会)は国民党が多数を占めているので、立法院を占拠している学生たちが排除されれば、自由経済協定は簡単に可決されてしまいます。そうなると中国の巨大な資本が台湾を買い上げてしまうでしょう。
(中略)
学生たちの冷静沈着で賢明な闘いは、大学生たちのほぼ全員の支持と大多数の参加、大多数の市民の支持を獲得しています。
(中略)
ほとんどの国民が「学生たちを尊敬する」「学生たちの勇気に感謝する」と語っています。私は台北教育大学大学院で講演と集中講義を行っているのですが、ほぼすべての教授が学生運動を支援し、「素晴らしい学生たちだ」「学生たちを尊敬する」「学生たちに感謝する」と語っています。
佐藤学先生の台湾情報第三報 (内田樹の研究室)

立法院の学生が排除されれば“服貿”が簡単に可決されてしまうほど国民党が強いのに、「ほとんどの国民」「ほぼすべての教授」が学生を支持というのは本当なのでしょうか。限界はありますが、様々な現地の意見に接してみれば、決してそんなに単純なものではないことが分かりますし、その一方で国民党が与党とはいえ、知人の台湾人も多くは「現状維持」を望んでいます。

このエントリについては、リツイートについているコメントのほとんどが「学生全面支持+一方で日本はダメダメ……」という論調のものばかりでしたが、私は失礼ながらこの、やや高揚した文体のレポート全てを鵜呑みにはできません。

佐藤学氏は続くレポートで、学生による立法院占拠を「パリコミューン」と呼んでいるのですが、この比喩にも先ほどの「造反有理」同様やや首をかしげざるを得ません。佐藤学氏も書かれているように学生が「沈着冷静で賢明な闘い」を展開しているのは台湾の民主主義を守るためであって、政権奪取の革命を目指しているのではないからです。

議会制民主主義の否定

私自身、“服貿”には多々問題があると思うし、国民党・馬英九政権の舵取りは性急だとも思うし、台湾の人々の、これが単なる協定を越えて「中台統一」の布石になるかもしれないという恐怖は十分理解できるし、立法院の占拠が始まって以降の学生の理性的なふるまいや、それに呼応した市民の数々の「美談」についても感動を禁じ得ない部分はたくさんあります。

それでもやはり、民主的な政治のあり方を求めて議会制民主主義を蔑ろにするのは筋が通らないと思うんです。日本でも同じですが、時の与党が数を恃んで強行採決をすることがあります。そのたびに憤りを感じますが、その議員たちは正当な手続きを経て(実際には「地盤」でいろいろあるでしょうけど、少なくとも法律には反しない形で)代議士になっているわけで、結局は有権者の責任でもあると思います。

台湾の立法院議員がその選出にあたってどういう「裏」があるのかはよく知りません(かつて台湾に住んでいたときは色々聞かされましたが)。でもいくら議事運営が悪辣だからといって、議会に突入してそれを止めたら議会制民主主義の根幹が崩れるのではないでしょうか。

学生のリーダーである林飛帆氏は、日本の記者の「こうした活動が反民主主義的だという声もありますが」という質問に答えて「この活動自体が、民主主義を取り戻すためのものです」と語っていますが、民主主義を希求するならば議場占拠ではなく統一地方選や次期大統領(総統)選で馬英九氏を追い詰め撤回というような民主主義のルールを踏むべきだと思います。迂遠でまどろっこしいけれど、民主主義はもともと迂遠でまどろっこしいものなんです。

学生もぎりぎりのところで立法院の占拠という苦渋の決断をしたのだと思いますし、その後の理性的な管理のあり方を見ても、単に血気にはやって無分別な行動に出たのではないことも分かります。それでも占拠という形で議会制民主主義のあり方を否定してしまったら、そしてそれが成功してしまったら、今後様々な問題において同様の運動の出来(しゅったい)を担保しますし、それは回り回って民主主義の不全を招くのではないかと思うのです。これは単なる想像ですが、台湾社会にも一部の突出を憂いている心ある人達がいるのではないでしょうか。

少なくとも我々日本人は、もう少し引いた立場から冷静にことの成り行きを見つめたい。そんなことを考えました。あ、エイプリールフールとは関係なく、ホントにね。