インタプリタかなくぎ流

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能『融』と蘇軾の『水調歌頭』

昨日書いた能『融』の舞について、続きです。能の終盤に出てくるこの舞(早舞)は、秋の月光に照らされながら源融(みなもとのとおる)の亡霊が月を愛でつつ舞うというシーンで、静かに「遊興」の境地を楽しむような風情を感じさせる(師匠の受け売りです)と書きました。私はこの風情に、中国文学の精華とも称される蘇軾(蘇東坡)の詩(宋詞)『水調歌頭』に通じるものを感じます。

『水調歌頭』は蘇軾が密州(現在の中国山東省諸城市)に官吏として赴任していた頃、中秋の名月をうたった詩です。弟の蘇轍も官吏として別の地に赴任しており、七年間ほど会っていなかったとか。その弟と同じ月を見ているのだろうなあとうたう最後の一節“但願人長久,千里共嬋娟”が特に有名です。この「千里離れていても同じ月を見ている」というシチュエーションがなんだか遠距離恋愛を想起させるからか、鄧麗君(テレサ・テン)がこの詩をまるごと歌にしてヒットし、さらに王菲フェイ・ウォン)等によってカバーもされ、中国語圏では老若男女を問わず知らない人はいない名曲になっています。


鄧麗君 但願人長久

王菲 - 但願人長久 (官方版MV)

この『水調歌頭』、私は中国に留学しているときに授業で教わったのですが、その美しさに震えました。しかも自分の母語ではない言語でそこまでの感動を覚えたのが初めてだったこともあって、深く印象に残っています。外語というものは、母語とは違ってどこかいつも霧がかかったような状態で、どこまで行っても隅々までクリアに開けた風景にはならないもの(私だけかもしれませんが)ですが、この詩については、特にそこで語られている哲理については、私は「そうだ」と深く得心することができた(ような気がする)のです。

蘇軾「水調歌頭」 佐藤保・訳

明月幾時有    名月よいつからこの世にと
把酒問青天    杯あげてあおい夜空に問いかけた
不知天上宮闕   はてさて天上の宮殿では
今夕是何年    今宵はいかなる年にあたるのやら
我欲乘風歸去   風にのり帰りたいとは思うものの
唯恐瓊樓玉宇   月宮の玉の楼閣
高處不勝寒    高さも高く凍えはせぬかと心はにぶる
起舞弄清影    たちあがり影を相手にひとさし舞えば
何似在人間    人の世かはたまた月の世界か
轉朱閣      あかい閣をめぐり
低綺戶      戸口のとばりに低くさし
照無眠      眠れぬ人を照らし出す月影
不應有恨     恨みの情のあるはずもないのに
何事長向別時圓  なぜか別れのときにはいつも円い月
人有悲歡離合   人には悲しみと喜びと別れと出会いと
月有陰晴圓缺   月にはくもりとはれと満ち欠けと
此事古難全    ともに昔に変わらぬ有為転変のことわり
但願人長久    ただ願いは一つたとい千里をへだつとも
千里共嬋娟    いつまでもこの麗しい月影をともに眺めること

名月を眺めているうちに、風にのって月の世界まで行ってしまうという空想の壮大さ。なのにあちらは高いところにあるから寒いだろうなあと尻込みするやけに現実的な卑小さ、そのコントラストにまず心が和みます。続いて、酔いにまかせて月の光と戯れるように舞っていると“起舞弄清影/何似在人間”、つまり「ここはどこ? わたしはだれ?」的なトランス状態に陥るんですね。

真ん中にある三文字ずつの“轉朱閣/低綺戶/照無眠”は、留学当時に説明してくださった中国人の先生によると、月の光が刻々とその角度を変えて行くさまを表しているとのことです。そして「別れのときには決まって美しく丸い姿をしている月」に対するどこか恨み言めいた感慨と、その後ろにある諦念。そこに「人には“悲歡離合”があり、月には“陰晴圓缺”がある」という人生を透徹した眼差しで見つめる深い哲理が現れるのです。

この現世に生きる人間ならではの複雑で矛盾したような心境と、月の光に自分を託して何か吹っ切れたような清々しい境地。遠く離れた人と会えずにただ同じ月を眺めているという、言ってみればとても寂しいシチュエーションであるのに、ここには己の人生への肯定と、努めて前を向こうとする健全な人間の精神が表れているような気がします。わたしはそこに『融』における遊興の境地をも重ねて見てしまうのです。

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▲留学しているときによく読んでいた蔡志忠氏のマンガです。