インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

マンガ サ道(第2巻)

タナカカツキ氏の『マンガ サ道』第2巻を読みました。

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マンガ サ道~マンガで読むサウナ道~(2) (モーニングコミックス)

今年はサウナがとても人々の話題にあがる年なんだそうで、このマンガをもとにしたテレビドラマが放映中なのに加え、もうひとつ別のサウナをテーマにしたドラマも放映中です(私はどちらも見ていませんが)。さらに「サウナの本場」フィンランドと日本の外交関係樹立100周年ということで、サウナを始めとした様々なフィンランドの文化がメディアに載ることも多いみたいです。来月にはフィンランドドキュメンタリー映画『サウナのあるところ』もロードショー公開されるよし。まさにちょっとしたブームですよね。

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かくいう私も、そんなブームに乗ってサウナ好きになったひとりですが、そんな自分に驚いてもいます。だって私は生来の「あまのじゃく」で、人気があるとか流行しているとかブームになっているとか、そういうものには近づきたくない! という性格だからです。なのにどうしてサウナにハマってしまったのでしょうか。現在は朝活で毎日ジムに行っているので、平日は毎日サウナを利用しています。

朝からサウナに入ると、もうその時点で仕事をしたくなくなりそうですが、4、5ヶ月間ほど続けてきた実感からいえば、仕事をしたくなくなるというより、仕事に向かう気持ちがよりわいてくるという感じです。うまく言語化できないのですが、とても気持ちがスッキリとしているので、仕事にスムーズに入っていけるというか。空腹のときは頭が冴えているような気がするものですが、アレに似た感覚です。そう、適度にお腹が空くのもサウナの効用のひとつです。

こうしたサウナのあとの爽快感や開放感や、もっと進んだ多幸感みたいなものを、タナカカツキ氏は「ととのう」と表現されています。この「ととのう」「ととのった」はすでにサウナ・スパ業界では標準的な用語というか惹句のように用いられているようで、サウナに貼ってあるポスターなどにもよく使われています。この『マンガ サ道』にも、そうやって「ととのった」人々(作者を含めて)の様々な物語が並んでいて、読んでいるこちらもほんんわかと多幸感に包まれます。

実際のサウナはむくつけきオジサンばかりで、正直私はあの雰囲気はちょっと苦手です。オジサンを十把一絡げに語るのも失礼ですし、自分も紛う方なきオジサンなので語る資格すらないですが、まあ場の雰囲気からいえば、そんなに上品で静かで心安らぐような空間ではないんです。タナカカツキ氏も折りに触れ描写している、マナーのあまりよろしくない方々もいらっしゃいますしね。それでも、サウナと、それから水風呂と、さらに外気浴などの休憩を経た後に自分の中に生まれるのは、ちょっと信じられないくらいの爽快感であり開放感であり、なにより多幸感なのです。このギャップはなんなんでしょう。

思うに、サウナという一つの文化は、これまであまり文字や映像などに表現されてこなかったのかもしれません。いや、もちろん、これまでにもその魅力なり効能なりを言語化する試みはたくさんあったはずですが、それが広く認知されるまでには至らなかった。銭湯文化についてはかなり広く認知されていると思いますが、サウナ文化についてはまだまだですよね。それがいま時宜を得ていっせいに発信され始めたのかもしれません。

この点で、『サ道』のタナカカツキ氏を日本でただひとりの「サウナ大使」に任命した「日本サウナ・スパ協会」は、まさに炯眼であったというべきでしょう。私は昨日も、この第2巻の巻末に載せられていた「ととのいすぎちゃう全国のサウナ厳選50(第2弾)」にあった都内某所のサウナに行ってきました。ここはフィンランドのサウナ同様に自分でサウナストーンにお湯をかける「セルフ・ロウリュ(すごい和製芬語!)」ができるのです。もちろんしっかりと「ととのい」ました。