インタプリタかなくぎ流

“Might come in handy one day.”

字幕翻訳ソフトをめぐる「大人の事情」

先日、字幕翻訳ソフト「SST G1」の開発・販売を行っているカンバス社から「不正競争防止法違反に基づく差止請求訴訟(勝訴判決)に関するお知らせ」という、少々「こわもて」な件名のメールが届きました。

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https://canvass.co.jp/pdf/info20181129.pdf

SST G1」というソフトウエアは、日本における字幕翻訳業界の「標準ソフト」といってもいい地位をしめていて、多くの翻訳者や翻訳会社がこのソフトを導入しています。私もかつて字幕翻訳を行っていた頃には個人で購入して使っていました。

このソフトは業界標準である一方でほかに類似のソフトがないため、いわば「独占」状態になっており、非常に高価でした。私が購入したときで約40万円。それ以前にはもっとお高いソフトだったということです。

そんな中、数年前から似たようなソフトが市場に登場しました。それがフェイス社の「Babel」です。インターフェイスや機能に多少の違いはありますが、使い勝手は「SST G1」とほぼ同じで、価格は半分ほど。ついにこの業界にも競争原理が働き始めたのかな、と思いました。

ところが、「SST G1」のカンバス社が「Babel」のフェイス社を訴えるという展開に。正直、詳細はあまりよく分からないのですが、要するに「うちのソフトをマネした」ということでしょうか。

私は個人で「SST G1」を使う一方で、教育現場で「SST G1」と「Babel」双方のアカデミック版を使っていたので、折に触れて裁判の状況も目にしていました。というか、両社がユーザ登録している私にメールで逐一「ご報告」してくださるものですから、イヤでも目にする結果になっていたのです。

で、昨年になって「Babel」のフェイス社からは、著作権法に基づく裁判で勝訴したとの「ご報告」がありました。

http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/270/085270_hanrei.pdf

さらに今年に入って、知財高裁での勝訴判決と……

http://tyosaku.hanrei.jp/hanrei/cr/11468.html

それを不服とするカンバス社の上告受理申立却下についても「ご報告」が。

http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:PRlbCAk5ozIJ:www.faith-up.com/site/download/%25E6%25A0%25AA%25E5%25BC%258F%25E4%25BC%259A%25E7%25A4%25BE%25E3%2582%25AB%25E3%2583%25B3%25E3%2583%2590%25E3%2582%25B9%25E3%2581%25A8%25E3%2581%25AE%25E8%2591%2597%25E4%25BD%259C%25E6%25A8%25A9%25E4%25BE%25B5%25E5%25AE%25B3%25E8%25A8%25B4%25E8%25A8%259F%25E3%2581%25AB%25E3%2581%25A4%25E3%2581%2584%25E3%2581%25A6170125.pdf+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

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なんだかよくわからないんですけど、著作権法に基づいた裁判では最高裁まで行ってフェイス社が勝ったものの、不正競争防止法に基づいた裁判ではカンバス社が勝ったということでしょうか。ざらっと読む限りでは、ソフトのソースコードをコピーしたかどうかという争点で前者の裁判では立証できなかったけど、後者の裁判では立証に成功したってこと(法律にお詳しい方、ぜひご教示ください)?

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https://www.irasutoya.com/2017/12/blog-post_666.html

この件に関して、ネットで検索をしていて見つけたこちらの解説記事によれば、これらの顛末の背景には「原告プログラムの開発責任者やその他数名の原告元従業員が被告の業務に関与する、といった経緯を辿った」、つまり元カンバス社の関係者がフェイス社の業務に関与したという「大人の事情」があるようです。こういうのは、何と言えばいいんでしょうかね。コップの中の嵐? 豆を煮るに豆殻をもって炊く?

d.hatena.ne.jp

私はもう字幕翻訳はほぼ引退していて、教学でアカデミック版を使用しているだけなので、いまさら何を言っても始まらないのですが、長年競争原理が働かず「SST G1」が非常に高価であったこと、にもかかわらず旧ユーザを事実上切り捨ててきたことに加え、今回の「騒動」、正直に申し上げて心中あまり穏やかではありません。

しかもカンバス社から送られてきた今回の「ご報告」メールの添付ファイルには、最後にこのような文言が。

弊社と致しましては、長年の努力により築き上げてきた弊社の重要な知的財産を保護するため、本件訴訟での対応に留まらず、同社の一連の行為を認識しながら「Babel」を購入された関係者に対しても、弊社の知的財産の侵害行為が認められれば、今後も継続して必要な措置を講じていく所存です。

「Babel」に「浮気」したユーザも許さないぞと。私にはほとんど恫喝に読めます。そして昨日、フェイス社からは現在使っている「Babel」のアカデミック版ライセンスについて、期限の延長や新規購入を辞退させてもらいたい旨の連絡が来ました。口調はとても丁寧でしたが、いきなりのサービス提供中止宣言です。

……いずれにせよユーザそっちのけですよね。うちの学校では今月から字幕翻訳の授業が始まる予定だったので、いま頭を抱えています。

以前字幕翻訳が「食えない職業」になりつつある現状についてブログに記事を上げたことがありますが、コメントを含めて再読するに、もうすこし何とかならなかったのだろうかと思ってしまいます。今回の「お家騒動(?)」も早く収束するといいですねー(もはやどこか他人事。SST G1でもBabelでもない別のソフトによる教学を考えましょうかね)。

qianchong.hatenablog.com

追記

フェイス社から、今回の判決を不服として控訴する旨の「お知らせ」が届きました。

https://www.faith-up.com/site/wp-content/uploads/2018/11/1130.pdf

でももうなんか、ユーザそっちのけの係争はうんざりです。SNSを通していろいろな方にご教示いただいたいので、「SST G1」でも「Babel」でもない別のソフトを選ぼうかなと思っています。

さらに追記

一昨日「Babel」のフェイス社から「弊社製品『Babel』販売休止に関するお知らせ」という書類がメールで届きました。

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「なお、すでに当社字幕制作ソフト『Babel』を購入されたお客様につきましては、お客様が購入された商品の権原において今後もこれまで同様ご使用頂けますので、ご安心ください」とあります。権限の「限」が「原」になっているくらい慌てた感じですけど、うちの学校のアカデミック版は実質使用停止を申し入れされましたしね……。

……と思っていたら、今日は「SST G1」のカンバス社から「不正競争防止法違反『Babel』の使用等差止に関するお知らせ」という書類がメールで。

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「弊社は、弊社からの告知等の後に、『Babel』を取得されたお客様におかれましては、前記判決前の取得といえども、不正競争防止法違反に該当すると判断し、対応させて頂きますので、十分ご留意下さいますようお願い致します」と、これまた剣呑かつ慇懃無礼~。

ホント、大迷惑です。

さらにさらに追記

2020年9月12日、『Babel』のフェイス社から、著作権訴訟でも不正競争行為差止等請求訴訟でも最高裁で勝訴が確定し「最終勝訴」に至ったとご報告のメールがありました。ユーザとしては『SST G1』も『Babel』も以前同様使うことができるようになったわけです。つまり元通り、何も変化なし。訴訟をする権利は誰にもあるので仕方がないとは言えますが、正直この数年間の騒動は何だったんだ、という思いが拭いきれません。

www.faith-up.com